小説
恋を患ったふたり(前)
・恋にいかれた一般生徒とツンデレに罹った会長
・非王道?



 速水孝則には、好きなひとがいる。
 傲慢にさえ見えるほど自信があり、その自信を滑稽なものと言わせない能力を備えた、同性として嫉妬交じりの憧れを抱いてしまうような人物である。
 同性、である。
 孝則は男、相手も男。
 年齢はお互い十七歳、青春真っ盛りで彼にひと目惚れをした孝則は、これが思春期の熱暴走かと戦慄したものだ。
 孝則が描く将来設計に、男の嫁は存在しなかったのだ。
 たとえ、この世にはホモしかいないのかと問いたくなるほど、周囲の人間が男同士で恋人関係を築いていたとしても、自分が彼らと同じ道を辿るなど想像すらしなかった。
 ひと目惚れの動揺は孝則を情緒不安定にさせ、睡眠障害を引き起こした。思いつめる性質だったようだ。
 眠りたくても眠れない時間、孝則は考えた。
 あれの何処が好くて惚れたのか、と。
 確かに魅力はある。
 相手は容姿端麗文武両道、みんなが憧れる生徒会長様である。
 先述した通り、能力が高いせいか、少々傲慢で俺様なところがあるけれど、それを鼻にかけて他者を貶めるような言動をとってはいないし、物言い自体はきつく聞こえるときもあるが、よくよく聞けば正論である。だからこそきついとも言える。
 けれども、そういった態度で行うことはといえば、重い教材を運ぶ生徒を手伝ってやっていたり、教師に半ば拝むように任された仕事をなんでもないように引き受け、翌日少しだけ赤い目をさせていたり、運動部の活動中、活動費などの予算を組む都合で倉庫を訪れた際は、不幸にも落下してきたポールからスポーツ特待生を庇ったり――
 ここまで考え、孝則はストーカー気質であることを自覚し、逆に惚れたことのどこが不満だ、と考えを改めた。
 同性に惚れたことに対する葛藤は解決したが、恋心の行方は別である。
 新たな悩みに、孝則の睡眠はどんどん遠ざかっていく。
 気付けば、徹夜五日目に突入していた。
 うつらうつらすることはあったものの、上質な睡眠を短時間でもとれていたかといえば、とれていない。
 孝則の精神はとっくにナチュラルハイに到っていたものの、その瞬間まで、孝則の口には出さず思考型の性格が幸いして、奇行に走ることはなかったのだ。
 同性愛者の同室者と、両刀の親友と、恋人が同性の異性愛者である担任に「お前大丈夫か」と言われ続けながら迎えた放課後、くっきり隈が浮かぶものの、いつも通り厳めしい表情で寮へ向かっていた孝則は、ふと頭上からプリントが落ちてくるのに足を止めた。
 空中を舞う一枚を上手に拾って見上げれば「悪い、それ集めてくれっ」とここ暫く孝則の心を埋めて止まない生徒会長殿が、校舎の窓から顔を覗かせていた。

「了解した」

 大声を上げる方ではなかったが、聞こえなければ意味はないと少し張り上げた声で返事をすれば、安堵した表情で「すぐ行く」と返し、生徒会長は顔を引っ込めた。
 いつもツンと澄ました顔をしていることが多い生徒会長だが、やわらかな顔をすれば中々どうして可愛いではないか、と孝則は深く頷きながらプリントを拾い始めた。
 相手は身長百八十センチと少し、肩幅五十近いという、黒スーツと黒いサングラスを着たら威圧間違いなしのがっちり体形だったとしても、だ。ちなみに、孝則はその一回り上の体形である。今後、さらに成長するだろう。両親の血筋が揃って高身長マッチョだったのだ。四十路半ばで一本下駄を履いたまま全力疾走、階段の昇降が余裕な父親もどうかと思うが、母親の割れた腹と、脂肪がつく隙のない胸は、見ていて切ないものだ。
 孝則が黙々とプリントを拾い終わった頃、生徒会長は息を切らせて到着した。
 生徒会長がいたのは校舎の最上階だったはずだが、どれだけ急いだのだろうか、息を吸うのも吐くのもしんどいといった体で、生徒会長はよろよろと孝則に近づいてきた。

「すま、なっ……きょ、りょくに、かんしゃ、するっ……」

 切れ切れの礼をいい、生徒会長は俯きながら呼吸を整えていた顔を上げた。
 意中の相手の真っ赤な顔と荒い呼吸にやましい想像をしてしまうのは、十七歳の男子ならば仕方ないことだろう。
 ただ、孝則の不幸なのは、彼が徹夜五日目だったことだ。

「いいや、愛しい会長の扇情的な顔が駄賃ならば、俺はこのプリントが溝池に落ちたとしても拾いに行くさ。忙しなく上下する身体が騎乗位を彷彿とさせて、実にいい」

 普段、鷹揚に構えて前を向いている人物が、必死な様子で素直な感謝を述べたというのに、孝則ときたらこの仕打ちである。
 ――思えば、後に恋人関係となったふたり恒例のやりとりは、ここから始まったのかもしれない。
 騎乗位を彷彿とさせる身体の上下どころか、呼吸すらも止めた生徒会長を見て、ようやく孝則は我に返る。しかし、返ったところで徹夜五日目の事実は変わらない。

「いや、平素の会長も素晴らしいと思う。考え込むときに人差し指の第一関節辺りを小さく食むのは非常に可愛らしい」

 誤魔化す部分が間違っている。
 更に言えば、孝則が挙げた部分は生徒会長自身すら自覚のない癖だった。
 変態にストーカーされていた疑惑が、かなりの信憑性を持って浮上したことに激しく目を泳がせながら、生徒会長はぎこちなく笑った。

「プリント回収協力感謝する。知っているかもしれないが、俺は立花満也という。よければ、お前の名前と所属する学年とクラス、出席番号とできれば実家の電話番号が知りたいんだが」

 明らかにブラックリスト的なものの項目を埋めるための質問だったのだが、徹夜五日目の孝則の思考はどこまでも正常ではない。完全に不完全である。

「初めて会話を交わしてから、これほどまでに興味を示してもらえるとは光栄だ。ひと目惚れしてから一方的に眺めるしかできなかった日々が嘘のようだな」

 ストーカーがストーキングを認めた発言にしか聞こえない。そして間違ってもいない。
 微笑んだまま青褪める生徒会長、満也が再び固まったのを不思議に思いながら、孝則はプリントを差し出す。しかし、固まったままの満也は受け取らない。五秒ほど待っても動かないので、孝則はプリントを持っていない方の手を満也の手に伸ばした。
 ただ、満也の手にプリントを持たせようとするための手だったのだが、停止するほどの衝撃に見舞われている満也にしてみれば、ストーカーが魔手を伸ばしてきたようにしか見えない。

「う、うわああああああああっ」

 叫ばれ、手を払われた徹夜五日目の孝則は、その衝撃でよろけ、地面に転がる石に足をとられて転倒した。
 我に返った満也が再び何事かを叫ぶのを聞きながら、孝則は久しぶりに訪れた睡魔に身を委ね、その意識を手放した。

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あきゅろす。
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