小説
六話



 高等部三年生の二学期に転入してきた中流家庭の生徒。
 時期が時期故に誰もが訳有りとして見ていた渚だが、本人は女性的な振る舞いは横に置くとして、それ以外は特に陰りも悩みもない様子で新しい学校生活を楽しんでいるように見えた。

「あ、美由! ねえね、一緒にお昼食べない?」
「……一人で摂りたいの」
「そんなこと言って、なんやかんや要たちとは摂るじゃない。アタシ寂しくてさめさめざめざめ泣いちゃうわよ?」
「勝手に泣きなさいよ」

 渚はどういうわけだか美由と親交を深めたがっており、要たちがそれとなく防いでくれる校内ならばともかく、寮はすっかり美由にとって落ち着かない場所になっている。
 いまも昼食の誘いをかける渚をすげなく断っていると、要が「北島さん」と声をかけてきて彼を連れ出そうとしてくれるが、今日は素直に離れる気はないらしい。

「ねえ、美由ー。いいじゃない、偶には。ね、ね、お願い! 一生のお願い!」
「…………随分と安っぽい一生ね」
「あら、そんなことないわ!」

 渚は愛嬌たっぷりの笑みを浮かべると、後ろで手を組みながら美由のしかめっ面を覗き込む。

「素敵なお友達と一緒に御飯を食べることって、それだけで素敵でしょ?」
「お生憎様。共感できないわ」

 美由は要に目配せをしてその場から足早に立ち去る。
 これ以上、渚の戯言に付き合うには時間が惜しかった。


「あん、もう美由ったら……」

 渚は美由の背中を唇を尖らせながら見送り、次いで気難しがり屋な息子を持った母親のようにため息を吐いた。
 要は表面上は苦笑いを浮かべ、渚を食堂へと促す。

「要ちゃんは美由と一緒に御飯食べたくないの?」

 不満そうに同意を求める渚に要は「んー」と考えるように首を傾げる。
 要にとって美由は大切なひとだ。かけがえのないひとだ。たった一人、選ぶことのできるひとだ。
 けれども、それは依存ではなくて、べったりと重苦しく付着して剥がれないような執着でもなくて。

「俺はあのひとがしたいようにすればいいと思うから」

 そして、そのなかで自分が関わることを可しとしてくれたなら、それは途方もない僥倖なのだ。
 分からないという顔をする渚に要はそれ以上言わない。分かってもらいたい、理解を求める感情ではないのだ。
 逆に要は問いかける。

「あそこまで気難しいひとと、どうしてそこまで友人になろうとするの?」
「気難しい?」

 驚いたように目をまたたかせ、それから渚は笑みの形に唇を歪めた。

「あの子、性格歪んでるだけじゃない」

 無邪気で天真爛漫な様で学園生活を送っていた渚が初めて見せた歪に、要は僅かにも動じない。
 大切な存在を貶めるような言葉にも、憤りを抱かない。

「困ったな、否定できない」

 そう、否定できない。
 どれだけ美由を大切に思おうと、どれだけ美由を慈しもうと、どれだけ美由を愛おしもうとも、美由の本質、その破綻した在り方を否定できない。
 捻じ曲がりながらも真っ直ぐに歩いていくひとを、否定などできない。
 渚はいつもどおりの晴れ渡る空のように清々しい笑みを浮かべ「でしょ?」と言ってのけた。

「だから、アタシあの子のこと大好きよ。だって……」

 渚は祈るように胸の前で両手を組む。

「アタシにそっくりなんだもの」



 美由が野菜天盛りを食べていると、隣に座っていたクラスメイトが立ち上がる。
 大体美由が食べ終わるまで合わせるようにしている彼らが先に立つのは珍しいと思いつつ視線を蕎麦へ向けていたら、こつん、とテーブルが叩かれた。
 美由はその指先を見て、ぱっと顔を上げる。

「兄さん」

 普段は生徒会との打ち合わせを兼ねて、彼らと一緒に設けられている特別席で食事をすることの多い優が、きれいな笑みを浮かべて「隣いいかい?」と訊ねたので、美由は「もちろんよ」と頷いた。
 優と共に食事をするのは久しぶりだ。
 優は生徒総括長であり、美由は一般生徒。生活時間がどうしても異なってしまう部分があるし、ここのところは以前にも増してすれ違うことが多かった。
 主に美由が避けるという形で。

「元気にしていたかい」
「ええ」
「お前は細いからね、腰も折れそうだし」
「撫でないで」

 テーブルへ生姜焼き定食を置いた優のセクハラに、美由は慣れたように対処する。
 何気ないやりとりはふたりの間に距離を感じさせないけれど、美由の顔は先程から僅かに強張っているし、食事を進める速度は上がった。

「美由」
「なあに」
「新しいお友達は作らないのかい」

 美由は露骨に眉根を寄せて、顔を顰める。

「嫌よ」
「おや、どうしてだい?」

 どうして、などと分かっていて訊く兄も相当だと思いながら、美由は大葉の天ぷらを咀嚼する。
 セットの梅昆布茶を飲んで舌を均した美由は、優の顔を見ないままにぼそりと呟いた。

「嫌よ──あんな性格悪いの」

 小さな呟きであろうと優の耳には届いたのであろう、途端に彼は肩を揺らして小さく笑い声を上げた。

「お前に言われちゃおしまいだね」
「ええ、そうよ。このあたしがお墨付きをあげるわ。あんなのに関わり合いになりたくない」
「そう……」

 優は目尻に涙まで浮かべ、ようやく箸を手にとった。

「まあ、お前は関わることになるだろうけどね。なるべくお逃げ」
「兄さん?」

 美由は真意の見えぬ優の言葉を訝しんだが、優が生姜焼き定食を食べる以外で口を開くことはなかった。

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