小説
三話
レクリエーションは恙無く終わり、新学期の集会自体も終わって皆が教室へと向かう。
葛谷学園では成績によってクラス分けがされている。
AからCを基本とし、なかでもより優れたものがSクラスに配置される。
生徒会役員はSクラスのものが代々多く担ってきたが、相応の授業密度などにそちらを優先したく他クラスから選出されたという場合もある。
風紀委員は成績よりも人格などが求められるためクラスは様々で、滅多にないことだが喧嘩の仲裁に入ることもあるため武道関係者も幾人かいる。
そして生徒総括であるが、学年主席であることが最低条件であり、人格も考査され、噂の範囲に過ぎないが家柄も考慮されるとか。あくまで噂だ。
転入生はどのクラスに入るのか、つまりはどの程度の人間なのか、ここでまず分けられると言っても過言ではない。
悪趣味だろうか。
葛谷学園は能力主義の名門校だ。
能力に相応の場所に置かれるのは本人のためでもあるだろうに、愚か者ほどそれが理解できない。
何故か唱えるのだ。
自分ならできる、と。
できていないから其処にいる現実を見ないまま。
果たして転入生はどんな人間か、クラス分けだけで様々な部分が伺い知れる。
「──今日から三年Sクラスになりました。北島渚です! よろしくお願いします」
元気よく挨拶をして、頭を下げる仕草は勢いばかりで礼もなにもあったものではないけれど、渚に悪印象を持つものはいないだろう。
興味を持つものもまた、それほどいないのだけれど。
ただ、既視感。
正反対だからこそ、ある人物を彷彿とさせる渚の容姿に、幾人かの視線はその人物へと向く。
「席は…………織部美由」
「はい」
椅子に座って尚うつくしく伸びた背筋に、淡々とした返事。
美由へ向けられた視線が増える。
「あいつの隣な」
「はーい」
担任の松前に促され、渚は美由の隣へ設けられた机に向かい、椅子を引きながら彼へと声をかける。
「アタシ、渚っていうの。お友達になってね!」
女性口調だけれど、外見には似合っている。なにより社交的、人懐こい、そう判断される類の性格。
多くは好ましいと受け止める性格であるけれど、美由は少数派であった。それも、極端な。
「お断りよ」
一瞥もなく吐き捨てる。
渚の驚いた気配。クラスメイトの所謂「あちゃー」という困ったような気配。
一切合切を美由は無視する。
しかし、ただひとり。
美由が無視しない、できない人間がいた。
「──美由」
「…………ごめんなさい、人見知りなの。ようこそ葛谷学園へ」
一言。
ただ一言、名前を呼ぶだけで優は、美由の双子の兄は美由の結ばれた唇を解かせた。
ミドルミドルの家庭からアッパーミドル以上が活歩する名門校へ転入して第一日目に美由のような態度を取られれば、多くの人間は傷つくだろう。学園そのものを苦手に思うだろう。
それは、よろしくない。
学園の評判は生徒の評判でもあることを重々承知するものは多いし、美由とてその一人だけれど、彼は「だからなに」と我を貫く部分が強すぎる。
平素であればそれもまた個性と見逃せても、今回は相手が悪い。一般家庭の出であれば交流関係もそちらに限られるだろう。葛谷学園は特権階級のみに門戸を開いているのではない。能力のあるものに門戸を開いているのだ。優れた生徒を逃す可能性を生徒総括長として優は窘めなければならない。
美由は優の手間を取らせたことに歪めたい顔をしれっとしたまま保ちつつ、思ってもいない歓迎の言葉を吐き出す。
渚はようやく安心したように肩から力を抜き、優へ目礼をしたあとに美由へ向かって「アタシこそ馴れ馴れしくてごめんなさい」と謝った。
美由の隣の席へ渚が腰掛けたところで、担任の宮生が新学期における学園内の変化や、特別テストの時期についてなどが説明される。
「あの……」
美由は小声で渚に話しかけられ、眉を僅かに寄せながらも「なに」と応じた。
「特別テストってなにかしら……」
「ああ……」
特別テストは定期テストなどのペーパーテストとは全くの別物で、葛谷学園が「将来」のために設けているテストである。
「パーティーみたいなものに参加して、そこでの振る舞いを考査されるのよ」
「振る舞い……」
「誰が誰か把握してるかとか、話題選びとか、もちろんマナーもね」
渚は酸っぱいものでも飲み込んだような顔をして「ありがとう」と言い、話を切った。
一般家庭で育ったのならば、想像もできない世界なのかもしれない。
だが、葛谷学園を卒業するのであれば、できて当然のことになるものの下準備に過ぎない。
やはり家庭という下駄で「本番」を何度も経験している生徒は幾人もいるけれど、彼らとて己の振る舞いに点数をつけられるのは学園でしかありえない。
「『事前授業』さえきちんと受けていれば問題ないわ」
「……ありがとう。ねえ、お名前なんて言うの? さっき聞き取れなくて……」
懐かれるのは勘弁だ、と思ったが、どうせ出席確認で分かることだと割り切って、美由は簡素に答える。
「織部美由」
美由は興味がないから見ていなかったけれど、渚は驚いたように丸くした後、微かに笑っていた。
「そう……仲良く、なりたいわ」
どこか陰鬱な光を双眸に宿らせながら。
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