小説
二十六話



 ギルドにある魔物図鑑では、ジェイドの知りたいことは調べられなかった。
 元よりドラゴンに関してはほぼ不明も同然なのだ。ジェイド自身がっかりする気持ちはなく、むしろ予想済みで次の手段に移るだけだ。

「明後日、移動するぞ」
「何処へ?」

 腕のなかで微睡みの体勢を取っていた五十鈴は、ぱちりと瞼を開くとゆっくり起き上がった。
 ジェイドは寝台に寝転がったまま腕を伸ばし五十鈴の髪を梳いて、ある都市の名前を挙げる。

「カレイセルって云って研究都市って呼ばれてる」

 五十鈴が目を伏せ、ジェイドの胸へ手を置く。
 かり、と小さく引っ掻く爪先はやわく、ジェイドを傷つけることもせずに五十鈴の不安を伝えてきた。

「繰り返し申し上げるが、ドラゴンのことを知りたいのであれば……」
「お前のことが知りたい。お前のことを知るために、ドラゴンのことが知りたい」

 ジェイドも起き上がり、五十鈴の痩躯を抱き寄せる。
 それは愛情のための抱擁ではなく、逃さないための拘束であったのかもしれない。

「なにがあっても、なにを知っても、俺がお前を『奥』と呼んだのは変わらない」

 ジェイドは一つの予想を立てている。ほぼ確信にも近い予想だ。
 その予想は、五十鈴の口から聞き出すには、あまりにも酷だとジェイドは思う。
 知らない振りを、なににも気づいていない振りをするのが優しさなのかもしれない。平穏を保てるのかもしれない。好奇心は猫に殺意を持っているけれど、ジェイドだって知らなくて済むのならば知りたくない。それでも、と知ろうとするのは紛れもなくそれもまたジェイドの優しさで、愛情で、誠意なのだ。
 憂う五十鈴がどれほど理解しているか分からないけれど、分かってほしいとまで、ジェイドは望まない。

「…………離縁など、できぬからな。せぬからな」

 強くジェイドに抱きつく五十鈴は不安で仕方ないのだろう。それこそ仕方ない。
 ジェイドの予想が当たっていたとすれば、ジェイドの調べようとしていることは、五十鈴にとって絶対に知られたくないことであろうから。
 それでもジェイドを止めることが五十鈴はできない、しないのだろう。

「もう寝ろ」
「……御前が接吻してくださるのなら」
「逆に寝かせたくなくなるだろうが」

 連れ込み宿でもないのだから、せめて最後の節度は守りたいと思いつつ、ジェイドは五十鈴の唇を奪い、咥内を思う様蹂躙すると尚一層赤くなった彼の唇を離した。

「御前が欲しゅうなる……」

 唇を窄ませ、恥ずかしげにする五十鈴を見て、ジェイドの目が細くなる。

「奥、後ろ向け」
「あい?」

 素直に、なにも疑わずにジェイドに背を向けて体を預ける五十鈴に愛おしさを感じながら、ジェイドは五十鈴の腹へ手を這わせる。
 するすると数度撫で、五十鈴が身動ぎしたところで下腹を押す。
 ぐ、ぐ、と強弱をつけて押し、揺らし、また押せば、次第に五十鈴から「え、えぅっ?」と戸惑い混じりの嬌声が漏れ始めた。

「ご、御前……これ、は……っ?」

 返事の代わりに揺らされた腹に、五十鈴が両手で口を押さえる。
 小刻みに震える体、立ち上る甘い花の香。
 ジェイドは微笑み五十鈴の体を掻き抱く。それにさえ「悦」を見出したか、五十鈴の体は大げさに跳ねた。

「御前……っ体が、おかし……」
「そう仕込んだからな」
「仕込む……?」

 ジェイドは五十鈴を抱くときに必ず奥を弄う。執拗なまでのそれにドラゴンである五十鈴もときに泣き言を漏らすけれど、最終的には受け止めてきた。
 その結果が、これだ。
 腹の上から刺激されただけで、精を放つことなく達する体。
 ジェイドが仕込み、作り変えたジェイドの妻としての五十鈴の体。
 そう囁かれ、五十鈴は耳まで赤くなった顔を両手で隠す。

「お前は俺の『奥』だろう? この先もずっと」
「……あい」

 羞恥に染まった顔を振り向かせ、五十鈴は寝返りを打ってジェイドへ縋り付いて小さく彼を詰る。

「斯様な体にしたからには責任重大ぞ。絶対に、絶対に吾から離れようなどと許さぬからな……!」
「そのつもりだよ、奥」
「約束ぞ」
「幾らでも」

 五十鈴はジェイドの胸へと顔を埋め、まだなにかぶつぶつと言っていたが、次第にそれも途切れた。
 ジェイドは掛布を引き上げて五十鈴と自分にかけた。

「おやすみ、奥」
「……おやすみなさいませ、御前」

 ちょこん、と顔を出し、五十鈴は素早くジェイドと唇を重ねてから再び彼の胸へ顔を埋めた。

「……そういうことをされると眠れなくなるんだが……まあいいか」

 ジェイドは五十鈴を抱いて瞼を閉ざす。
 今日は良い夢が見られるような気がする。
 そう思っていたのだけれど、ジェイドの意識が途切れた先の光景は決して幸せなものではなかった。

「左様ならば」

 繋いだ五十鈴との手が。

「お別れしましょう」

 離れる。

「人間風情が思い上がるな」

 熱のない閃光色の双眸。

「死ぬるがいい」

 振り上げられた爪が向かってくるのを、どこか客観的に見て。

「それでも」

 夢のなかの自分がなにかを叫ぶ。
 そんな夢を見た。ような気がする。
 冷や汗をかいて目覚めた頃には、ジェイドはどんな夢を見たのか忘れてしまっていた。

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