小説
二話



 新学期の集会に理事長は不在で、学園長が挨拶をした後に生徒会長ともうひとりが挨拶をすることとなっている。
 自分は殆ど前座だ、と斜に構えたでもなく思うのは、生徒会長である宮地羽鶴。
 必要なときに装うことができさえすれば服装規則の緩い葛谷学園で、普段はイヤーカフを身に着けている彼も今日は両耳が寂しいまま壇上に立つ。
 お決まりの挨拶と注意事項に終わってもいいのだけれど、それだけでは「此処」に立つのは誰でも良いことになってしまう。
 理解する羽鶴は短い内容にジョークを交えて場を和ませてから壇上を去り、次に壇上へ立つ彼へ一礼した。

「おはようございます。生徒総括長の織部優です」

 学園内における裁量を任せられるが故に「権力者」とも呼ばれる地位にある生徒会。その上を行くのが生徒総括長と呼ばれる「絶対権限者」である。
 普段は生徒会のご意見番、人手が足りないときの助っ人に収まっているが、生徒総括長の意見は最重視されている。正当な理由を提示した際には絶対ともされる権限を発動できると云われているが、この葛谷学園でそんな地位につく人間が早々そんな権限を発動させたことはない。
 時代に先んじて思うところがあったのか、女生徒の制服を取り入れさせたものが何代か前にいたけれど、夏場にふざけて着るもの以外には殆ど見かけない。尚、女生徒のものであろうとも正式な制服なので、公式の場に着ても咎められることはない。どういうつもりで着たのかによっては、その人物の評価が変わるだけだ。
 優は模範のようなきっちりとした制服姿で壇上に立ち、本日の目玉ともいえるレクリエーションについて説明する。
 一年で一番長い夏休みを明けた新学期と、入学式にはレクリエーションを行うのが葛谷学園の慣わしだ。

「今から紹介するひとたちを追いかける多人数鬼ごっこだけれど、棄権はもちろん有りだよ。ただし、参加生徒と区別するためにその場合は図書室、あるいは教室へいて指定時間までに講堂へ戻るように。
 お楽しみの標的を捕まえた特典だけれど、図書室の倉庫への出入りが一ヶ月自由だ。ただし、図書室としての利用の範囲には変わらない。
 更に食堂の特別セットをキープが一週間付く。これは一定時間までに注文がなければ無効だから、間に合わないときには食堂へ連絡を入れるように。
 さて……一番のお楽しみだけれど……各先生方が秘蔵の資料を三日間だけ貸し出してくださるそうだよ!」

 歓声が上がった。
 葛谷学園は学問のための学問を教授する学び舎、大学ではないが、既に生徒がその気を見せて専門分野に異常執着するものが多いのだ。
 だからこそ、一般閲覧の叶わない図書室の倉庫の出入りも賞品として歓迎されており、成立するというわけである。
 食堂の特別セットは単純に大多数の生徒にとって魅力的な、汎用性の高さから採用されているのだろう。しかし、大人数の食事を切り盛りするために少人数のみを融通するのには限界があっての一週間だ。
 立ち上がって喝采までする生徒に笑って落ち着くよう促し、優は肝心の標的となる生徒たちを挙げると締めの挨拶に入る。

「今日からまたあなたたちとともに学ぶ日々を迎えられてとても嬉しく思います。どうぞ、得るものの多い日々を送れますように」

 拍手で送られる優が壇上を去り、進行役に促されてレクリエーションを棄権するものが先に講堂を去る。

「織部さん、どうしますか?」
「最後のが思ったより惹かれるわ」

 講堂でどうしたものかと悩む美由は、教師が後生大事に抱え込む資料にとても興味があった。
 勉強が好きか嫌いかでいわれれば、きっと好きなほうだろう。こんなものがあるのか、と知るのは面白い。それが有益なものであるのなら。

「まあ……あたしでは徒労に終わるわね。棄権するわ」

 講堂を出ていく美由に要もついていく。
 要は美由の言葉に「それなら」も「だったら」も言わない。あくまで自分の意思で、自分の決めたこととして講堂を出るのだ、と言外に表していた。
 そうでなければ、美由は要が傍をうろつくことを許さなかっただろう。認めなかっただろう。嫌悪しただろう。
 自分の言動に誰かを理由とすることは、美由が最も忌み嫌うことであったので。

「そういえば、転入生の紹介とかありませんでしたね」
「あるわけないでしょう。たかが転入生よ」
「珍しい部類なので周知があるかと思いましたが、逆でしたね。目立つのはよくない、と」

 それに、と美由は講堂を振り返る。

「どうせレクリエーションの案内で誰ぞがつけられるでしょ。そこから交友なり交流なりが広がるわ。噂と一緒にね」

 考えるように指先を唇へ当てた要は、美由に並んで歩きながら問いかける。

「ご興味は一切ないのですね?」
「ないわ」
「失礼を承知で伺いますが、総括長は目立ちます。その関連で来られたら、あるいは……向かったら?」

 美由の東北の先祖に由来する青い目が、氷のように冷ややかに凍てついた。

「だからなに?」
「……はい、承知致しました」

 その後はふたり、図書室へ向かって時間まで思い思いの読書に耽溺した。

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あきゅろす。
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