小説
十七話



 地上より遥か彼方、天空にその朱色の城はあった。
 幾重にも複雑に組まれた認識を阻害する魔法により、迷宮と化した城の奥深く、目を伏して「地上を眺める」のは真黒のドラゴン。
 しかし、その体躯はドラゴンのものにしては幼生のように小さく、尾も合わせて人間の男の腕ほどしかない。
 それでも黒真珠のように輝く鱗も美しきドラゴンがまるで置物のように動かぬ上段より遥か下方、音もなく現れ傅きたるは表情のない青年。
 低い、洞窟から響くような声で「なにか」と問うはドラゴン。

「聖上、宮様がお帰りになられません」

 ドラゴンは薄っすらと瞼を開き、閃光色の目を覗かせた。

「寝間にこちらが隠されておりました」

 それは言語にして言語に非ず。
 ある極東の一族のみが使う、伝心の魔法。
 男は青年から球体のように圧縮された魔法を献上されると、閉じ込められた意図を読み取り「ぐるる」と喉から唸り声を上げる。

「あの腕白坊主め……」



 ちゅ、ちゅ、と児戯た口づけを交わし、どちらともなく絡めた舌が水音を立てる。
 ジェイドの背中に回された手がかりかりと彼の背中を引っ掻き、やがて項の結紐に指がかかるとそれを解く。
 ぱさり、と音を立てて落ちた黒髪が帳のように周囲から五十鈴を隔離すると、ジェイドはそのことに奇妙な満足感を覚える。
 じっと見つめてくる閃光色の目の縁に唇を落とし、そのまま頬、首筋と辿って白いなだらかな腹を指先で触れれば、真珠のように白い体が大げさに跳ねる。
 いまは平らなこの腹に自分の子を宿したいと、五十鈴は常々言う。
 男が、雄がなにを、と一笑に付さないのは五十鈴がドラゴンだからであろうか。
 男との、雄との、もう幾度目かになる交歓に違和を覚えないのは、五十鈴が、と考え、ジェイドは首を振る。
 原因を、理由を、思考を五十鈴に求める己のそれを、ジェイドは逃避であると考える。

「御前……?」
「なんでもない」

 ジェイドの仕草に不安そうな声を出す五十鈴が健気で、ジェイドは白い腹へ口づけを落としてから身を起こし、連れ込み宿の棚には必ずある潤滑油を手に取る。
 平素寝泊まりしている宿で事に及ぶ気にはなれず、体を交わすときはもっぱら連れ込み宿を使っていた。そのほうが便利だと思うのは、専用の品が揃っているところにもある。
 手のひらに垂らした潤滑油を体温で温め、その手をジェイドは五十鈴のあわいへ忍ばせる。
 ぐち、と濡れた音がするのと同時、五十鈴が喉に引っかかる音を立てる。
 うねる肉路の心地よさを知るジェイドは逸る心を抑えて丁寧に丁寧に五十鈴のなかを拓いてやり、少しずつ指を増やす。

「御前、斯様になさらずともっ、んっ、吾は、ぁっ」

 ドラゴンなのだからそんなことは必要ないと、今までも何度か聞いてきたが、ジェイドは全て聞き流している。
 痛い思いをさせたいわけではない。
 痛くないのだとしても、雑な扱いをしたいわけでは……ない。
 仮にも自分が抱く相手を粗末に扱うのは、ジェイドの趣旨に反した。
 美味そうに飲み込んだジェイドの指がなかを抉る度、五十鈴は体を跳ねさせて善がり声を上げた。
 自身の声を抑えようと敷布を噛むのもいつものことで、それでも殺しきれぬ声を聞くのがジェイドは好きであった。
 じゅぷ、と音を立てて引き抜いた指の感触すら堪らぬのだろう、勃ち上がった陰茎からはとろとろと蜜を零し、平素からまとう花の香は常より強くなっている。

「……いいか?」
「ん、ん、早ぅ……」

 頃合いかと確認をとれば、涙ぐんだ五十鈴がせがむ。
 ジェイドはしなやかな五十鈴の脚を肩にかけ、とろとろと蕩けたあわいのその奥へと肉杭を押し当てる。それだけで飲み込んでいきそうな貪婪な孔。
 ずぷずぷと沈み込んでいく肉杭に、五十鈴が身悶えしながらジェイドへ手を伸ばす。
 全て収め終えるときつく食い締められた。柳眉を寄せて押し寄せる快楽に堪え、ジェイドは五十鈴の手を取って、じゅぐん、じゅぷん、と淫らな水音を立てながら抜き差しを始める。
 五十鈴のなかはジェイドに絡みつき、早く子種をよこせとねだってまとわりつく。
 すぐにぶち撒けそうになるのを堪え、ジェイドは回数を重ねて覚えた五十鈴の泣き所を擦り上げた。
 嬌声を上げた五十鈴の腹に白濁が散る。
 それでも蠕動をやめずにいれば、必死にジェイドを見つめる閃光色の目に気づき、ジェイドはふ、と力の抜けた笑みを浮かべる。
 ジェイドは手を解き、上体を倒して五十鈴の顔の横に肘を突き、乱れた五十鈴の髪を顔から払ってやる。
 露になった額へ口づけて、血のように赤い唇を貪って。
 五十鈴の両足がジェイドの腰に絡み、両手が背中へかかる。必死に求められることは悪い気分ではない。
 ジェイドは軽く五十鈴の唇を食み、それから五十鈴を激しく責め立てた。
 もはや堪えきれぬ喘ぎ声をひっきりなしに上げる五十鈴の爪が、ほんの少しジェイドの背中に突き立てられる。
 しようと思えば人型でも五十鈴はジェイドを引き裂くなど簡単であろうに、五十鈴は決してそんな真似をしない。精々が派手なミミズ腫れを作るくらいだ。
 ぐちゅぐちゅと繰り返される抜き差し、ジェイドは荒い声を零して五十鈴の体を抱え込む。
 火照った互いの体温が溶け込み同じ温度になる頃、ジェイドと五十鈴はほう、と力を抜いた。
 ゆっくりと体を離せば、互いの下肢はぐちゃぐちゃになっていて、しかし相変わらず五十鈴のあわいからジェイドの子種が零れることはない。

「早く仔を成せれば良いなあ……」

 横たわったジェイドの腕を枕に、五十鈴が呟く。

「御前は如何様な仔をお望みか? 国を統べる大器か、月華も霞む佳人か」

 そもそもジェイドは自らの子どもなど望んでいなかったのだが、いつの間にか問われれば五十鈴とふたりで手を繋ぐ小さな影を思い描くようになっていた。
 その小さな影はどんな存在に育つだろうか。
 想像して、ジェイドは笑う。

「そんな御大層なもんじゃなくていい。多少わんぱくでも、心身健康ならそれで立派なもんだろ」

 笑いながら言うジェイドをじっと見つめる五十鈴に、彼は「どうした?」と目を細める。

「なにも……ただ、御前の妹で幸いだと……思うたのだ」

 すり、と懐いた猫のようにジェイドの首筋に顔を埋め、五十鈴はそれきり口を閉ざす。
 ジェイドは五十鈴の肩に掛布をかけてやり、その上から抱きしめた。
 ジェイドはきっと気づかないけれど、それは宝物を抱きしめるように優しく、切実な抱擁であった。

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あきゅろす。
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