小説
十一話
久々に会ったのだから茶でも飲もうと主張するカールに、むかしの縁もあるしと応じたジェイドとジェイドについてくる五十鈴は、小洒落た喫茶店に腰を落ち着けていた。
「ジェイドさん、随分噂になってたんすよぉ。きれーなお姫さん連れてるーって。どっからか攫ってきたんじゃねぇー? みたいな噂はぁ、カールくんがぶっ潰しておきましたぁ」
けたけた笑うカールに合わせ、魔道具がじゃらじゃらと鳴る。周囲では女子供がきゃらきゃら会話している。ジェイドは黙々と珈琲を飲み、五十鈴は淡々とミルクトーストを食べている。尚、五十鈴は主食が花の蜜なので、店員に追加料金を払って皿がひたひたになるほど蜂蜜をかけた。
「それ甘くね? やばくね?」
「量が多かったやもしれぬ」
「だよねぇっ?」
カールは量が多いをかけすぎたという意味で認識しているが、この場合は単純に食べる量として多いという意味だ。五十鈴は燃費が良かった。
「御前、御前。あーん」
「絶対に嫌だ」
「ジェイドさん、甘いもの得意じゃねぇよ」
五十鈴がジェイドとカールを交互に見遣る。
しゅんとしてひとりミルクトーストを突き始めた五十鈴に、ジェイドが一口くらい食べてやればよかったかと思っていると、カールが盛大に笑い声を上げた。
「ぎゃはは! あんた、ジェイドさんに惚れてんのぉ? このひと特定の女は作らねえよ。男はどうか知ら……ふぎゃっ」
「黙っとけ」
ジェイドがカールの頭を鷲掴みにしてテーブルへ叩きつければ、音を立ててカップが揺れる。倒れかけたカップが五十鈴が素早く押さえてくれた。
「夫婦の共同作業であるな」
「それは違う」
これ以上余計なことを言わないように、ジェイドは蜂蜜でびしゃびしゃになったミルクトーストを五十鈴の口へ突っ込んだ。
温順しく食べている五十鈴はそろそろ満腹なのか、しきりに腹を撫でさすっている。
ジェイドは眉間を揉んでから五十鈴の皿を奪い、ミルクトーストだけ避けて蜂蜜を自身の珈琲へ注いだ。
「蜂蜜浸ってるから食えるだろ。これは自分でどうにかしろよ」
「あい」
五十鈴がちまちまとミルクトーストを食べている間に、ジェイドは甘ったるくなった珈琲を啜る。当然だが、蜂蜜をそのまま舐め啜るよりずっと増しだ。
「ちょおぉぉい! 俺のこと無視って酷くねぇっ?」
「煩えな……」
「なんすかなんすかなんなんすかぁ? ジェイドさん、マジでそのひとと結婚しちゃった感じっすか? ジェイドさんがそんなひとに優しくしてんの見たことねえんすけどぉ!」
「おい、やめろ」
五十鈴がミルクトーストを食べるのをやめてじっと見てくる。無表情だが、閃光色の目が熱っぽくきらきらと輝いている。
ジェイドは五十鈴の頭をそっとミルクトーストのほうへ戻させて、カールに「それで結局なんの用なんだ」と今更なことを問う。
「いんやぁ? 用ってほどのことはないですけどぉ。久々にリシャール来たらジェイドさんの面白い話聞いて会いたくなっちゃった感じ?」
「お前、昨日今日こっちに来たのか」
「うぃっす。ジェイドさんがそちらさん連れてリシャールに戻ったのもそんな感じっしょ? マジ運命っすね」
「そういうのやめろ。ほんとうやめろ」
「そちらさんがやきもち焼いちゃう感じっすかー? そういや名前聞いてねーや。なんつぅの?」
カールに覗き込まれ、ちらりと視線を上げた五十鈴は一言応えた。
「百鶴宮」
ジェイドは珈琲を僅かに多く飲み込む。その音がごく、と響く。
「ひゃっかくのみや? 変わった名前じゃんね。やっぱ東のひと?」
「カール、訳有りなの分かってんだろ。詮索やめろ」
唇を尖らせるカールは「へぇーい」とやる気のない返事をするが、ジェイドの言うことには従う男だ。これ以上五十鈴のことを嗅ぎ回ったりはしないだろう。
「ジェイドさんはそっちのヒャッカクノミヤさん? とパーティ組むの」
「…………多分な」
「ふぅん。じゃ、強いんだ」
ぎらり、とカールの鈍色の目が獰猛に輝いた。
昔から、それこそジェイドとパーティを組む以前から、カールは戦闘狂であった。それで何度手を焼いたか知れやしない、とジェイドは額を押さえる。
「喧嘩売るなよ」
「えぇ? それもだめなんすか?」
「殺されるぞ」
「へぇ……」
かた、と小さく音を立てて突き匙と餐刀が空になった皿に置かれる。
「御前、吾は斯様な食い出もない童子を無為に散らすなどせぬよ」
「──な」
ジェイドが手を伸ばす。
「っまいきぃッッ!!」
カールの指輪状の魔道具が鋭い爪となり五十鈴を襲うのを、ジェイドの腕が阻んだ。
いや、更にそれより早く、伸びた五十鈴の手が、指先が、摘むようにしてカールの凶手を固定している。
「逸るな。故に童子というに……御前を煩わせるでないわ」
「は……」
カールが顔を引き攣らせてジェイドを見る。ジェイドはそっと視線を逸らしたが、カールは口を閉じてはくれなかった。
「ジェイドさん……なんすか、この……やべぇひと……」
「……訳有りなんだよ」
とりあえず、それで誤魔化すしかないジェイドであった。
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