小説
十話



 翌日から五十鈴の冒険者初舞台とはならなかった。

「装備揃えねえとなあ」

 湯を浴びて濡れた髪をタオルで拭きながら呟くジェイドに、一緒に湯を浴びようとして断られ、ひとりベッドでふて寝していた五十鈴はちょっとだけ肩口から顔を覗かせた。

「……いつまで拗ねてんだよ。人間はこどもでもなけりゃ一緒に湯なんざ浴びねえって言ってんだろ」
「嘘だ。共に湯浴みをして睦み合う文化があると吾は知っておる」
「それごく一部だけだからな」

 ころり、と転がった五十鈴が無表情を崩して拗ねた顔を見せる。
 ジェイドはタオルを肩へ引っ掛けて、五十鈴へ手を伸ばす。
 ほんのり水気の残る髪を梳いてやれば、五十鈴は心地よさそうに目を細める。

「で、装備なんだが」
「御前はもっとむぅどというものを読むべきぞ」
「なにがムードだ。現状最重要項目なんだよ」

 五十鈴はむっすりとしながら起き上がり、しゃんとベッドの上に座ってみせる。
 きちーんとした姿が逆に反抗の意のようで、ジェイドは頬を引き攣らせながら装備について説明を始めた。
 装備は冒険者にとって重要なものだ。
 熟練の冒険者とて、いや熟練の冒険者であればあるほど装備は最高のものを用意して、金銭に余裕がなくとも決して粗悪なもので補おうとはしない。
 土壇場で身を護るものが壊れた、戦う術を失くした、などそのまま命に繋がるのだ。

「だからお前の装備も」
「ドラゴンの鱗以上の装備があるのかえ?」
「お前、全裸で歩くわけじゃねえし、いま人型じゃねえか」
「人型であろうと並の刃で我が柔肌に傷を負わせられるとお思いか」
「並の刃で傷一つつかねえ柔肌ってなんだよ」

 ジェイドは五十鈴の手を取り、ひらひらと長い袖を捲って真白の肌をじっと見つめる。
 傷一つない柔肌にしか見えない。

「それに、いまの吾は愛を知るドラゴンである故、以前の吾とは一味違う」
「また頓痴気なことを言い出した」
「頓痴気ではない。番を得たドラゴンは花婿であれば強靭な爪牙を、花嫁であれば貞節を護るために絶大な守護を得るのだ」

 五十鈴はジェイドの捲った袖を抓み両袖ともひらひらと振ってみせる。

「これは花嫁のみが得ることのできる魔力で編まれた花嫁衣装にして、守護の衣である。背の君以外に破ることは叶わぬ。本性を顕にした際は羽衣として纏うことになるぞ」
「ちょっと待て」

 ジェイドは激しい頭痛を覚える。
 五十鈴の言葉を信じるのであれば、それはつまり、ジェイド本人以外には絶対に突破できない防御力を備えたドラゴンが人里に降りているということだろうか。
 死闘の末にジェイドは五十鈴を倒したが、次も倒せるとは限らない。しかし、手勢を備えればその限りではないとどこかで思っていた。ゴールドランク以下はともかくとして、プラチナランクであればジェイドも己に肩を並べる存在として認めている。
 だが、五十鈴は言うのだ。
 花嫁衣装をまとっている限り、ジェイド以外に破ることは叶わない、と。
 もし、もしもだ。
 いまはジェイドを背の君と呼び、貞淑な妻のように付き従っている五十鈴だが、やはりドラゴンである。低俗な人間などと、と言うなればジェイドに愛想を尽かしたとき、どんな災厄となるだろうか。
 せっかく湯を浴びたジェイドの背中にどっと汗が吹き出る。

「なにを懸念しておられるかは知らぬが」

 五十鈴がジェイドの手を握り、指を絡め、頬を寄せる。

「吾は背の君が吾を妹として愛でてくれるのであれば、それ以上の幸いはないよ」

 ジェイドには信じるしかない。
 ──そんな会話をしたのが前日で、ジェイドと五十鈴は装備品を扱う店へとやってきていた。
 五十鈴に装備が必要なくとも、五十鈴によって装備を破壊されたジェイドには必要なのだ。
 馴染みの店でもあったため、店主には「あの装備ぶっ壊したのかっ?」と大層驚かれたが、そのことが逆に彼へ火を着けたらしく前回のものよりいいものを造ってやると約束してくれた。
 素材として五十鈴が自らの鱗を提供しようとしたが、ジェイドはそれを断っている。何度も繰り返すが、ドラゴンの素材は早々市場に出てきていいものではないのだ。

「装備依頼は終わったし、街なかぶらつくか」
「でぇとであるな!」
「デートじゃねえよ」
「御前、御前。人混みへ向かおう」
「人混みなら手を繋ぐって学習すんのやめろ?」

 やめろ、と言ったにも拘わらず、五十鈴が自身の手をぐいぐい引くので結局ジェイドは彼と手を繋ぐことになっていた。
 冒険者の装備を扱う店があることから、周囲には冒険者が多く、屈強であったりむさくるしい男も多い。そこへ端正な面差しのジェイドと東方の幻朧な衣装も美しい麗人五十鈴が手を繋いで歩けばどうなるか。
 周囲から一斉に舌打ちがされた。
 ジェイドがため息を吐いたとき、目の前に若者が立ちふさがった。
 金の髪を逆立てて、じゃらじゃらと装飾品として加工された魔道具を幾つも身に着けた目つきの悪い若者は、ジェイドを見ながらにやにやと笑っている。

「よぉ、ジェイドさぁん。ひっさしぶりぃ」
「……ああ」

 気さくな若者の挨拶に応じるジェイドへ五十鈴が視線を送るが、それにジェイドが応じるよりも早く若者が口を挟んだ。

「なぁんか連れが増えたって聞いたけどマジっぽくねぇ?」
「…………ああ」
「ひゃー!」

 ばたばたと品なく足をばたつかせた若者はジェイドから五十鈴へ視線を移し、歯並びが悪く目立つ八重歯を見せながらにっかり笑った。

「俺、カール・ランセル。ジェイドさんの元パーティなんだぜぇ」

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あきゅろす。
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