小説
七話



 袖なし外套を脱いだドラゴンの姿をしみじみと見つめ、ジェイドはひらひらと揺れる被衣を摘む。繊細な透かし編みの被衣は装飾に用いられこそすれ、姿を隠すのには適さない。いまもドラゴンの顔を覆っているがその麗しい顔は透かし見ることができている。

「……どうすっかな」

 ジェイドの視線はドラゴンの顔……よりもやや横を見つめていた。
 ドラゴンの側頭部より伸びるのは、枝にも似た一対の角。当然、人間が持たざる器官はドラゴンの容姿よりも余程目立つし、人間ではないとひと目で分かってしまう。
 髪で隠すには角が長いし、場所が場所なので一部だけ隠すということもできない。
 ジェイドがもう一度どうするかと呟くと、ドラゴンがおもむろに角へ手をかけた。
 僅かに血管の浮かぶ手の甲を見て、ジェイドはドラゴンの手首を掴む。

「なにしようとしてんだっ」
「邪魔なのであろう? なれば、折ってしまえばよいかと」

 あっけらかんと述べるドラゴンにジェイドは戦慄する。ドラゴンの角が生え変わるのかどうか知らないが、きっと痛みが伴うであろうし、ましてや人間として振る舞うために角を折るなど誇り高いとされているドラゴンにとってどれだけ不名誉か。この先、他のドラゴンと出くわしたり、ドラゴンが故郷へ帰らないとも限らない。そのとき、角のないドラゴンに同族たちはどんな反応をすることか。
 ジェイドは強くドラゴンの手首を引いて、膝の上に置かせた。

「そういうことはやめろ」
「何故? 我らの角や鱗、爪牙は人間にとって価値あるものと聞く。このまま御前に差し上げれば……」
「いいからやめろ」
「……承知した。しかし、なればどうなさるおつもりか」

 ジェイドは唸り、必死に考える。
 ドラゴンの姿は西方の人間にとっては見慣れぬ東方の装いだ。それを利用することはできないだろうか。
 いや、逆に西方の装いを混ぜることで、地方の印象を消してしまうというのもいいかもしれない。
 ジェイドはドラゴンの顔にかかる被衣へ手を伸ばし、そっと捲る。
 角へ被衣を絡め、ふわりと下ろせば角が髪飾りに見えないこともない。本物の髪飾りや留め飾りを用いれば、それこそ髪飾り以外に見えなくなるだろう。
 と、言ってもジェイドには結紐以外の手持ちはないし、装飾品の店には詳しくない。

「……女将に聞いて買ってくるか。お前、留守番」
「共に行く」
「…………分かったよ」

 だめだと言っても聞きやしないだろうと諦めて、ジェイドはドラゴンに袖なし外套を放る。髪飾りを手に入れるまではまだ姿を隠してもらわねばならない。
 いそいそと袖なし外套に身を包んだドラゴンは、嬉々としてジェイドの後ろに並んで部屋を出る。

「ふふ」
「なに笑ってんだ」
「でぇとが嬉しゅうて」

 ジェイドはすっ転びそうになった。
 すごく語弊のある言い方をすれば、夫婦が相手への贈り物を買いにふたりきりで出かけるいまの状況──デートだ。こいつはデートだ。間違いない。
 なにを言おうとも考えるより早く怒鳴り声を上げそうになったジェイドは、しかし「あらぁ?」と廊下に顔を覗かせた女将に押し黙る。

「お出かけかしらぁ」
「…………ああ」
「そぉ。お夕飯は仔ウサギのシチューよぉ。楽しみにしててねぇ」
「分かった。なあ、女将」
「なぁに?」

 ジェイドは女将に事情を濁して装飾品を扱う店の場所を訊ねた。女将は怪訝な様子を見せることもなく、態々手描きで地図まで描いてくれておすすめの店を紹介した。
 過ぎるお節介を厭うジェイドであるが、こういうときは素直にありがたい。
 感謝を述べて宿を後にしたジェイドは先程から妙に静かなドラゴンを振り返り、訊きたくないながらも「なんだよ」と結局は声をかけていた。

「……御前は斯様な女性がお好みか」
「馬鹿言うんじゃねえ」
「妙にあたりがやわらかかってではないか」
「自分が泊まってる宿の経営者と険悪でどうすんだよ」

 むう、とドラゴンが唸る。
 ジェイドは面倒くさくなって、乱暴にドラゴンの頭を袖なし外套越しにぐしゃぐしゃと撫でた。

「くだらねえこと気にしてねえで、どんなのがいいか考えとけ」
「……御前が選んでくださるものがよい」

 傍から見ればやきもちを焼く恋人と、その機嫌を取る相手の痴話喧嘩にも満たない他愛ない戯れである。
 通りすがりの何人かが舌打ちするのも構わず、ジェイドは「分かったよ」と了承する。
 女将が教えてくれた店は市場の手前の路地を曲がった先にあるため、歩いていくにつれて人通りが多くなってくる。
 ジェイドは人を避けて歩くなど造作もないし、それはドラゴンも同じこと。
 それなのに、しゃらしゃらと後ろからついてくる音が不意にしゃらんっと激しい音を立てて止まったことに、ジェイドは驚き振り返った。

「申し訳ない、つまずいた」
「お前が?」
「童子が駆けて行きおったもので」

 ドラゴンの後ろを見れば母親に叱咤されているこどもがいて、ジェイドの視線に気づくと母親がぺこぺこと頭を下げた。
 そういえば、ドラゴンは幼いものには慈悲を見せることがあるという話を思い出し、ジェイドは周囲の人混みに目を走らせる。
 目が離せない年頃なのだろうこどもが、母親にがっちり手を引かれながらも隙を見ては走り出そうと目論んでいた。
 仕方ない。
 ため息一つ、ジェイドは片腕をドラゴンへ向かって伸ばす。

「捉まれ」

 一も二もなくドラゴンが飛びついてきた。
 ぎゅう、と抱きしめられる片腕はろくに動かすこともできず、今更引っこ抜くことも不可能。
 せめて、ドラゴンが袖なし外套をすっぽり被っているという格好でなければなあ、と思いながら、ジェイドは歩みを再開させる。
 何故か男たちからぶつかりにこられる回数が激増したが、ジェイドとドラゴンはわけもなく交わして女将紹介の店へと向かうのであった。

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あきゅろす。
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