小説
九話




 久巳組は表向き手打ちで高坂組にほぼ「敗北」したと見せかけた。
 そして何年も何年もかけて徐々に徐々に関西に一般企業の体で進出し、少しずつ高坂組に連なる関西のあらゆる暴力団組織を蝕んだ。
 倒産屋、整理屋などのハイエナ産業も営み、財を成しながら、じわじわと関西そのものを追い詰めた。
 送り込んだ手のものによって後ろ暗い部分を全て告発してやった。組長、若頭、顧問が逮捕されて頭が全員不在となった組織もある。疑心暗鬼になって身内同士で潰し合うのを陰で煽り続けた。
 だが、やはり最も効果的であったのは資金源を断つこと。
 暴対法というものをいち早く熟知した久巳組は、それこそいち早く利益を上げる方法を確立することもできたのだ。
 他の組織が続こうとしたときには美味い部分は久巳組が牛耳っており、おこぼれに与ろうにも影響は免れない。
 久巳組は高槻会やその系列には「仲良くしましょう」とばかりに旨味を分け合ったが、関西に対しては徹底して冷淡を貫いた。
 今までのやり方は通じない。新たなやり方に続こうにも既にほぼ独占されている。細々とやっていくうちに久巳組の工作によって潰れていく関西組織。後ろ盾を失い困窮していく「元」構成員。
 自殺者は次々と出た。
 なかには高坂組の幹部もいる。
 梅坂龍男。
 高坂組若中の彼は山奥で首を吊り、その死体を散々に野生動物に食い漁られたところを発見された。
 生きている間に動物に食われた可能性に検死したものは気づいたけれど、彼は事前に懐へ入ってきたものに沈黙を選んだ。
 高坂組が自殺者多数によって瓦解する数ヶ月前のことである。
 更に数年のときをかけて、久巳組は関西組織を「虐殺」し、実質併呑した。
 その間に自身も久巳組の構成員となった四季と貫之は誰よりも関西組織壊滅に貢献し続け、やがて四季は組長実子でありながら次代を継ぎ、貫之はその能力から本部長へと収まった。
 もはやその頃には、久巳組は押しも押されもせぬ関東を代表する暴力団組織の一つであり、関西に最も恐れられる恐怖の象徴となっていた。
 関東に久巳組へ連絡なく関西の暴力団組織が訪れれば殺される、関西に久巳組が訪うときは沈黙していなければ殺される、久巳組の気が向けば殺されるなどの噂があるほどだ。
 久巳組は関西の暴力団組織に対して徹底して恐怖を植え付けた。

「それでいいのかい」

 幼い頃から可愛がってくれた高槻会の幹部である近江という男が、痛ましげに問うたことがある。

「これでいいんだぞ」
「これしかないのよ」

 四季も貫之もそれぞれに応えた。

「それでいいんだな」

 老いて病床にある千歳が、僅かに悔いを滲ませて問うたことがある。

「そうだぞ」
「そのとおりよ」

 四季も貫之も断言した。
 来た道も往く道も地獄だ。
 束の間の楽園のような日々を無惨に破壊された瞬間から、地獄は始まった。
 関係者全員根絶やしにするまで止まらない。皆殺しだ。全殺しだ。
 それだけを目指して歩いてきた地獄の道だ。
 そうして漸く、それを叶えたのだ。



「──そのはず、だったんだけどなあ」

 四季は益岡が持ってきた書類を眺めて嗤う。
 書類にずらりと並ぶのは「生き残り」の人物資料。
 久巳組が殺して殺して殺してきた関西暴力団組織構成員の私生児や、逃がすことに成功した家族たち。
 心折れて静かに過ごしているならそれでいいのに、一部の人間は久巳組に恨みを抱いて結集したようだ。

「やっぱり糞虫は一匹一匹丁寧に潰さねえとだめだなあ」

 記載された名前の多さに四季は辟易する。
 全員が半グレの集団となっているのだという。
 件の工藤をけしかけたのも、このなかの一人だ。

「ああ、ああ、またあの名前を聞くことになるとはなあ」

 貫之がトラックの運転手から聞いたという名前は、四季にとって覚えがありすぎる名前であった。
 梅坂。
 梅坂が薬と引き換えに指定の車にぶつけろと言った。
 そう、トラックの運転手は供述したと貫之から聞いた四季は、直後に益岡が持ってきた書類に記載された人物資料を見て怒り狂った。
 梅坂であった。
 梅坂龍男の息子であった。
 名前は幸緒。

「あの野郎がまた……また目の前に現れる……はは……笑えるぞ」

 幸緒は既に関東のどこかに潜んでいるのだろう。それとも、既に関西へと帰ったか。
 貫之が形相を変えて探し出すよう指示を出しているが、書類に乗る名前全てを探し出すのは骨が折れそうだ。どれだけ時間がかかるだろか。
 今度は、その家族も徹底して暗い場所へ落とし込む必要があるというのに。

「まあ、関西潰したときよりはずううぅぅっと楽だぞ」

 一つひとつ潰して殺して回るのは慣れたもの。そうして久巳組は現在の地位にある。
 過去にはなかった力もあるのだ。過去よりも容易い相手ならば、過去よりも容易く殺し尽くさなければ。

「ただ……厄介なのはフィリピンマフィアと繋がってる奴らがいるってとこか……玩具融通してもらってんだろうなあ……」

 幸緒もそうだが、幾人かはフィリピンマフィアと繋がりを持っているという情報があった。
 海外マフィアは厄介だ。こちらの事情も作法も知ったことではないと暴れてくれる。その癖、武力だけはあるのだから堪ったものではない。もっとも、そちらを通して武器を手に入れている身内もいるのだから、悪いことばかりは言えないのだけれど。

「さあさあ、戦争だぞ……ガキども相手に恥ずかしいが、手抜かりなんて今回はあっちゃいけないんでな。全力で潰すぞ。いいな」

 組長の言葉に、久巳組構成員たちが一斉に是と返した。
 満足そうに頷く四季は書類を放り投げ、益岡が淹れた珈琲を飲む。
 最近のペーパードリップは出来が良い。
 しかし。

「はは、不味いぞ。ああ、マスターのエスプレッソが飲みてえなあ」

 いつの間にか日常と呼べるほどに馴染んだ平穏がほんとうは楽園であったのだと、四季は舌に馴染まぬ珈琲とともに噛み締めた。

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