小説
五話



 古雅雪総はヤクザを嫌悪し、憎悪している。
 この国を蝕むシロアリよりも質の悪いイキモノ。
 任侠映画で語られるようなヤクザなど、今日日存在しない。あるのはただただ金と権力に寄生し、貪り食らう暴力的な病巣だ。
 正しいことを正しく行おうとするものの前に、為されれば困るものたちから金と引き換えに便宜と引き換えに奴らは備えた暴力で以って立ち塞がる。
 罪もない、あるいはささやかすぎる罪しかない、真っ当な道も残されているものたちを奈落に引きずり込み、その血肉を啜る。
 泣いている人々を知っている。
 自ら命を絶ったひとを知っている。
 自ら命を絶ったように見せかけられて死んだひとを、知っている。
 根絶を。
 夢物語と笑われようとも、雪総は心から願っている。
 ヤクザなど根絶やしになればいい。根絶やしにしてやる。
 雪総はヤクザのなかでも、とりわけ経済ヤクザと呼ばれる連中を嫌った。
 まるで、真っ当な人間でござい、という顔を見せて、裏でどれだけの血と怨嗟を撒き散らしていることか。
 奴らのフロント企業には、真実自分たちがヤクザの会社で務めているなどと知らない真っ当な国民もいるのだ。
 許せない。
 許せるはずがない。
 経済ヤクザの筆頭、久巳組。
 雪総はヤクザの多くを締め上げた暴対法を利用し、のし上がった久巳組を、あの時代に久巳組の命運を左右した叶四季と園江貫之を、強く強く嫌悪する。
 久巳組を潰さなくてはならない。
 日本の裏社会に激震が走るだろう。
 経済にも影響が出るであろう。
 だが、一時の痛みを覚悟してでも、奴らは滅するべき存在なのだと雪総は信ずる。
 機を探り続け、雪総はとうとう一計を案じる。
 よく見ていたから雪総は知っている。
 四季がヤクザとして生きる以外になんの興味もないこと。その能力を思えば生まれはともかく、真っ当に生きて、華やかな人生を送ることも可能だったはずなのに、全てを裏社会に献じている忌々しさ。
 そんな四季がある人物と出会ってからは、その人物と関わるときだけは、ヤクザというイキモノではなく、ただの人間のように見えることに、雪総は気づいた。
 許されると思っているのだろうか。
 お前が関わっていいような存在ではないのだ。
 同じように罪もない真っ当な人間を不幸にして、地獄に落としてきたくせに、例外を作ることなど、自分がささやかであろうと幸せになろうなどと、許されると思っているのだろうか。
 否、だ。
 それは同時に、四季が冷酷な眼差しを柔らかにさせて見つめる相手、静馬にも言えたこと。
 相手がヤクザと知っていて、相手がなにをしているか知っていて、平然と付き合うなどと正気の沙汰ではない。
 恐ろしいのならば理解できる。
 しかし、静馬の場合はそうではないようだ。
 当たり前に受け入れている。
 四季をただの、いいや、ちょっと厄介な客として扱っている。
 ゼロが動いた気配でS.Sビルの件を調べた雪総は、四季が静馬をただの馴染みの店の店主として扱うだけに留める気がないことを知った。使える場面であるならば多少なりとも利用するのだ、あのヤクザは。
 雇っているバイトについても調べれば、これはもっと質が悪い。元々は久巳組絡みで厄介事を背負っていた青年が何事もなくバイトをしているなどと、通常では考えられない。静馬がなんらかの取り引きを四季と交わしたのだ。
 厄介事の内容を思えば、にこにこと勘定を済ませるように進む取り引きではなかっただろう。
 それなのに、静馬はいまも四季を受け入れている。
 毒されているのか、麻痺しているのか。逃避しているのか。
 まさか、ヤクザの存在を可しとしているのか。
 そんなものはあってはならない。
 創作の影響でヤクザに憧れる層は存在するけれど、あくまで創作は創作だ。現実ではない。現実のヤクザはどこまでも屑である。
 もしも、静馬がヤクザに与するというのなら、雪総は容赦しない。
 朱に交われば赤くなる。
 染まってしまったなら、それはもう元には戻れない。
 今回の謀は静馬を試す機会でもあったのだ。
 金谷にそれらしく静馬と親交があるかのように仄めかし、あの頭の足りないヤクザを暴走させた。
 ヤクザの恐ろしさを少しは味わうことになっただろう。
 助けを求めてくれればいい。
 そう願っていた。
 そうしてくれたならなんでもしよう。
 自分の行き過ぎた正義のために犠牲にしたのだから、幾らでも額を地につけよう。出来うる限りに詫びを重ねよう。殴打も罵倒も受け入れよう。
 だから、だからこそ、お願いだから。
 祈るような雪総の願いは叶わなかった。
 静馬は沈黙を選ぶ。
 ならば、容赦はしない。
 用意していた人権団体を動かす決断は即座に。
 騒ぎの渦中に置かれた静馬は苦難に見舞われるだろう。
 だからどうした。
 警察よりもヤクザとの親交を選んだのだ。それはもはや雪総が守るべき国民ではない。
 利用しても心痛まぬ捨て駒だ。

「さあ、白砂さん。真実をお話ししてください」

 曰く、正義。
 曰く、大義。
 そのための礎となればいい。
 どこか、どこか遠くで、輝く笑顔の青年が新品の制服に身を包み敬礼する姿が雪総の脳裏に浮かんで消えた。

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