小説
五話




 狙っていた土地は手に入らなかった。
 国が介入すればヤクザが入手することは少々面倒になる。どうしても手に入れようと思えば不可能ではないはずだが、恐らく今回は無理だろう、と四季は判断した。
 昔のように銭湯で互いの背中を流せるような関係ではなくなったが、それでもヤクザと懇ろな警察関係者はいるし、創作染みた呼び方であるが情報屋のような仕事をする人間もいる。
 彼ら曰く、ある警察部署が俄に動いていた気配があるというのだ。
 明確にはそうといえない。ただ、気配があるという薄っすらとした話なのは流石というべきか、それだけでも漏らしてしまったことを嘲笑するべきか。

「公安が、ねえ……?」

 S.Sビル売却に前後して、公安が僅かとはいえ動くとは何事だろうか。一体、あのビルになにがあるのか。いや、なにがあったのか。
 四季は、ヤクザでは恐らく知ることは叶わないだろう。
 四季としても探って美味い話であるならば追求しようと思うが、夾士郎曰く損しかないというのだから四季はそれに従う。数字が関わったときの夾士郎の言葉を、四季は絶対に疑うことをしない。
 ただ、気になるのはそんなビルを所有していた静馬の祖父、白砂静興のこと。
 経歴は怪しいところなどない。
 優秀な人物であったようで、若い頃の写真は随分と美形であった。静馬とはあまり似ていないが、四季は静馬のほうが愛嬌があって可愛いと盲目さを発揮している。
 気になる点といえば、先日の光也の件で絡んだ店のオーナーと友人同士であるらしいこと。だが、これも「だからなに?」と言われてしまえばそれまでだ。オーナー自身とてその身辺経歴ともに不審なものはなかったのだから。

「マスターの時々鋭いところは間違いなく祖父さんと親父さんの教育だろうな」

 静馬は良いものを知っている。
 贅沢を知っているという意味ではない。
 上質、上等なものを知っているのだ。それは見聞きし、触れる機会がなければ養われることのない感覚である。
 調べた限り、静馬の実家は裕福な系統になるが、静馬の性格を鑑みるに贅を凝らした生活はしてこなかっただろう。ならば、大切にされてきたのだ。
 臆面もなく大好きだと言える家族のいる育ちをしている静馬に、四季は痛む胸をやり過ごす。
 静馬のことが好きだ。人生に鮮やかな色がつくほどに惚れている。それでも、公に私を持ち込まないと四季は決めている。
 けれど、だけれど。

「終わった件だ。白砂静興についても終了でいい」
「はい」

 益岡に命じた言葉に欠片も私情がないとは、四季は言えない。



「──あらん?」

 その男は艶やかな女のような姿をしていた。
 白金のふわふわとした髪に、真っ赤な唇。口元には黒子。長い睫毛に縁取られた目は婀娜っぽく、とてもではないが男の職業が信じられない。
 男は私室で一人、個人的に集めた情報の精査をしていた。そのなかに紛れていたのは、ある警察部署、公安に関する動き。
 男の頭が目まぐるしく動き、記憶を漁り、PCのキーボードを叩いて幾つかの資料を呼び出す。

「なるほど……これはゼロ案件といえばそうね……こんな時期にと思ったけど、なにも知らない豚が鼻面突っ込んできたってわけ」

 男の目に映る文字は「旧陸軍」「資料」「陸軍中野学校」などが踊る。
 ひっそりと隠されていた遺産は、無法者侵入の気配に管理者が変わったらしい。
 不思議なのは個人に管理が任されていたこと。日本という国も、彼の国も、何故現在まで放置していたのか。
 形の良い唇をむに、と持ち上げるように親指を当て、男は熟考する。

「……考えられる可能性は……いえ、この件は探っても終わってる」

 でも、と男は再びキーボードを叩いた。

「アタシが用あるのはこいつ」

 PCのモニタに映るのは、人形のように上品な美貌を持つ男。モニタを見つめる男が華やかな動の美しさであれば、モニタに映る男は嫋やかな静の美しさだろうか。外見のみでいえば対象的なふたりであった。

「叶四季……ねえ、あんたにとってこのひとって何者?」

 かちり、とマウスを動かすのと同時にモニタに浮かぶもうひとりの人物は、人形のように美しい男とは反対に随分と凡庸な容姿をしていた。

「この国の癌細胞。あんたを除去することで荒れることは分かってる。それでも、あんたを生かしている間に食い潰されるひとたちに、アタシは我慢ならないのよ」

 男は美しい顔を心底忌々しげに歪め、人形のような男の画像を睨みつける。
 心からの憎しみが込もっていた。
 私怨による憎悪ではなく、生理的な嫌悪に近い憎悪だ。
 断じて相手を認めない、存在を許容しないと全身で訴えている。
 その姿は容姿とは反対に、男の職業をこれ以上なく肯定している。
 曰く、正義。
 曰く、大義。
 時代が認める正義は男にあり、秩序を守る大義もまた男にあった。
 男は認めない。
 ヤクザなどという無法者の集団に断じて否と突きつける。
 それは敷かれたレールによるものではなく、男の決めた意思によるものであった。
 たとえねずみ算式に増えるような輩でも、たとえイタチごっこにしかならないとしても。
 ヤクザを根絶やしにしてやるその日まで、男は諦めない。

「そのためなら──手段は選ばない」

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