小説
一話



 夾士郎は数字と「相性」がいい。
 そのおかげで整いすぎてむしろ不利でしかない容姿であっても、平然と日々の生活ができるほどに稼ぐことができている。
 夾士郎は「数字」と相性がいい。
 それは、数字に「強い」という意味ではない。
 夾士郎は数字と意思疎通が取れるといっても過言ではないほどに、ひたすら「相性」がいいのだ。
 故に、時折こういうことがおきる。

「ん? この住所……」

 不動産売買は夾士郎の主な管轄ではないけれど、時折どうしても「外したくない」物件に関して「確認」を求められることがあるのだ。
 夾士郎にとって重要なのは立地などではない。番地、築年数、つまりは数字さえ見ることができればいい。
 今回の物件もそうして確認していたのだが、途中で気づいたことがあり夾士郎は考えるように顎を撫でて携帯端末へと手を伸ばす。

「よう、叶。例のビルだが──」



 火曜日、テッセンは毎週定休日である。
 常ならば昼まで寝ていることの多い静馬であるが、今日は午後になる前から知人のもとへ出かけていた。
 紅茶を淹れる指南を受けた知人には先日世話となったのだけれど、直接の礼を伝えるまで少し間が空いてしまって申し訳なかった。知人はそんな不義理を気にせず許してくれたけれど、久しぶりに会うから、と猫可愛がりも同然に扱われるのには流石に複雑な気持ちになるお年頃である。
 帰宅したのは夕方近く、夕食を作るのも面倒でコンビニで弁当でも買ってこようかと思う程度には私生活における静馬は無精者だ。
 そのままコンビニへ寄ればよかったな、と思いながら再び玄関に鍵をかけていると、携帯端末がメッセージを受信した。
 最近「やさしいカクテル」という本と格闘中の光也からだ。振り仮名が少ない時点でやさしくないと本人は述べているが、そういう問題ではない。
 メッセージの内容は「お年寄りの荷物持ったらお礼にしこたまトマト貰ってどうしたらいいか分からない」というものだ。
 静馬は吹き出して、その場で暫く笑い続けた。
 ヤクザと関わる羽目になる程度には悪ガキであった光也だが、真っ当になりたいと意識改善と始めたところにこれだ。
 静馬は褒め言葉のついでに処理を手伝ってやろうかと請け負う旨を入力しかけ、やめる。幾つかトマトを引き取ったところで、足の早い野菜を無事なうちに光也が全て片付けられるとは思わない。
 処理を手伝うのではなく、処理の仕方を教えるので来いという内容に変更して送信し、静馬は今度こそコンビニではなくスーパーへ向かう。
 光也が来るならコンビニ弁当ではなく、もう少し増しなものを作らねばならない。光也の食生活は若者にしても酷かった。むしろ、若者だから堪えられるのだろう。インスタント、酒のつまみ、外食すれば油ものに肉、野菜など知りませんという悲惨振り。彼女がいれば食った気しないのがあります、と宣ったときは、静馬は真面目に光也の頭を引っ叩いた。
 トマトの処理は冷凍保存ができるミネストローネで殆どどうにかなるとして、到着したスーパーで静馬はもう一品なにを作ろうかと食品売場をぐるぐる周る。

「お、豚肉が安い。ピカタにするか」
「ポークピカタか、いいと思うぞ。マスターは料理もできていい嫁になるな」

 静馬は無言で天井を仰いだ。
 とてつもなく聞きたくない声が隣から聞こえてきた気がしたのだけれど、きっと気の所為。多分。絶対。そうに違いない。
 斯くあれかし、と祈りながら静馬は絶対に声が聞こえたほうに視線を向けないまま豚肉を籠に放り込み、そそくさとその場を離れる。

「おいおい、マスター。無視たあ酷えぞ。俺とマスターの仲じゃねえか。覚えてるか? あの眩い夕日を見つめながら、将来は海辺の白い家でふたり仲良く」
「海辺の家なんて恐ろしい立地に住めるか」
「振り向いてくれて嬉しいぞ」

 聞き捨てならない妄言に反応した静馬に、いつもどおりイタリアンスーツを着こなした四季はぱちん、と片目を瞑った。
 スーパーという背景が果てしなく似合わない美丈夫然とした四季に主婦がチラチラと視線を向けてくるのにも辟易としつつ、静馬は「なんの用だよ」とぶっきらぼうに訊ねる。
 四季はヤクザのお偉いさんである。用がなければ態々店でもなく自分のもとへ来ることなどあるまい、と思ったのだが、言ってからこの男ならやりかねない、とも思った。
 幸い、四季は用があったようで「マスターに教えてほしいことがあって、急いで会いにきたんだぞ」とそれはそれで嫌な予感のする笑顔を見せてくれた。ちっとも嬉しくない。

「此処でできる話か……」
「マスターは嫌かもしれねえぞ」

 静馬はげんなりとした気分をそのまま表情に浮かべ、籠に入れていた豚肉を戻して安売りではないお高い豚肉を入れ直しに向かう。

「会計はお前がしろよ」
「荷物持ちもしちゃうぞ!」

 予想通り快諾する四季に、静馬は来週辺りに買おうと思っていた米も買うことにした。もちろん、常よりもお高いお米様にしたのはいうまでもない。

[*前へ][小説一覧][次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!