小説
四話



 晴れ渡った空の下、アルファロメオ・ジュリエッタとNinja 400の傍でそれぞれ睨み合う男がふたり。四季と静馬だ。

「俺一人で仕入れに行ってなにが悪い」
「俺が寂しいぞ」

 静馬はNinja 400に跨った。
 不満点の大体をパーツ変更で改善したNinja 400は、街中を走り回るのでも十分に楽しめる素敵な愛車だ。
 四季は「待て待て待てーい」と静馬をバイクから引きずり下ろした。

「傷害罪で訴えるぞ」
「犬並みにヤクザに厳しすぎるぞ……」
(……警察を犬呼ばわりする割りに、自分をヤクザって云うんだよな)

 静馬は胡乱な顔をするが、首を振って思考を振り払う。余計な藪は突きたくない。
 それよりも、問題は別にある。
 静馬は珈琲豆の購入へ向かうところから始めることにしたのだが、四季は当然のように自身の愛車であるアルファロメオ・ジュリエッタへ静馬を誘った。
 控えめに言っても静馬はぞっとした。
 ジュリエッタは実用的でありながら、イタリアならではのうっとりとするような美しい車である。
 そんな車の持ち主、運転するのは四季というやたらと容姿の整った男。身に纏うイタリアスーツがこれでもかと似合う驚異的なスタイルの良さを誇っている。
 そんな四季にどうぞ、と助手席のドアを開けられても、静馬は断固として乗りたくなかった。自信のある美女でも乗せてやれ、という話だ。

「……後ろなら乗るか?」
「……なんでそこまでして乗せたいんだよ……」
「俺がマスターのニンジャに乗るにはちと問題があるぞ」
「なんでふたりで行くのが前提なんだよ」
「デートの機会を逃す俺だと思ってるなら……マスター、ちょっとねんねが過ぎるぞ……」

 静馬は愛車に跨った。
 四季が「待てーい待てーい」と静馬をバイクから引きずり下ろした。

「端的に言って気色悪い」
「俺がなに言っても傷つかないと思ってないか?」
「俺はお前が心臓モフモフだと思ってる」
「ばっか、ツルツルだぞ」

 じゃあそのまま傷ついて打ち震えていればいいのに、と静馬はなかなか畜生なことを思う。

「大体、荷物持つなら車のほうがいいだろう」
「そこまでの大荷物じゃ……ああ、分かった分かった。くそが」

 いい加減言い合う時間が惜しくなり、そも効率を考えれば四季の車に乗ったほうがいいのだと諦めて静馬は雑に数度頷いた。
 無造作に後部席のドアを開けた静馬が乗り込めば、四季はあからさまにご機嫌な様子で鼻歌なんぞを歌って運転席へと回った。

「ナビ頼むぞー」
「へいへい」
「途中で他にも行きたかったら遠慮なく言うんだぞ!」
「用件済ませてとっとと帰りてえわ」
「……飯くらいは食おうな」

 そういえば、朝食を食べ逸れていることを思い出して、静馬はバックミラー越しに四季を睨む。四季が訪ねてこなければもう少しゆっくり眠れて、朝食だってゆっくり摂れたのだ。
 後ろからシートを蹴り飛ばしたい衝動に駆られた静馬だが、艷やかな革張りに静馬の脚はぴく、と揺れただけで大人しくなった。
 代わりにぽつぽつと道案内のため口を開き、静馬は流れていく景色を眺める。見慣れたはずの街並みであっても他人の車越しとなると妙な居心地の悪さがあった。どこでも見かけるプリウスだけが目に優しい。

「車はいいんだがなあ」
「お、気に入ったか? 今度高速流しに行くか?」
「ふざけんな」
「冗談だぞ」

 けらけら笑う四季に、今度は食い下がらなかったな、と静馬は気づいた。気づいたのだ。
 気づいたけれど、そのときは景色のように流してしまった。


 馴染みの店はいつも良い香りがする。
 どんな上等なものでも珈琲豆は酸化するため、静馬はいつも小ロットで発送してもらい、注文があってから手挽きしている。もっとも、祖父のやり方をそのまま受け継いだだけだけれど、おかげで代替わりしてから常連が激減したなどという憂き目には合わなかった。

「相手さんの好みとか知ってんのか?」
「よく分からんがブレンドかキリマンのドリップバッグ飲んでたぞ」

 静馬は数度蟀谷を指先で叩く。ないより増しな情報だ。

「それ、お前は飲んだことあんの」
「あるぞー」
「じゃあ、味見はお前な」

 静馬は馴染みの店主に声をかけ、キリマンジャロベースで幾つかブレンドの種類を見繕ってもらい、そのまま試飲を頼んだ。
 三種類に分けられた珈琲の入った小さな紙コップを四季に渡し、静馬も口付ける。
 一つは酸味が際立ち、きりりと引き締まった印象。一つは逆に酸味を抑えて均衡を優先している。最後ははっと目が覚める香ばしさの目立つもの。

「美味いな」
「どれがいい? このなかから決めなくても、選んでもらえばベースにしてまた調整する」
「んー……二種類でもいいか?」
「ん? ああ、いいよ」

 四季は二つ目と三つ目を選び、二つ目にもう少しだけ特徴が欲しいと注文した。
 静馬は頷き、店主と相談してキリマンジャロではなくマンダリンを主体にすることで均衡を保ちながら酸味が特徴の珈琲に仕上げる。

「マスターはいつもここで仕入れてるのか?」

 店を出てから四季に問われ、静馬は車のドアを開けながら「ああ」と肯定した。
 実は月によってブレンドの配合が変わっているのだけれど、いつも配合が固定のエスプレッソを頼む四季は知らぬことであったものの、真面目に配分をああだこうだと店主を相談していた静馬の姿に思うことがあったのだろう、思案顔で運転席に乗り込んだ。

「俺も偶にはエスプレッソ以外を飲んでみるかな」
「言っとくが、エスプレッソの配分だって簡単に決まったわけじゃねえからな」
「分かってるぞ。ただ、努力だって一面だけじゃないだろ?」

 静馬は答えを失い、バックミラー越しに向けられた四季の笑みから視線を逸らす。

「じゃあ、いよいよ行きますか──腰抜かすぞ、マスター」
「は?」

 悪戯顔の四季の言葉は、後に真実となった。

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あきゅろす。
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