小説
三話



 Hortensiaへ持ち込まれた大量の鮎飯によるおにぎりが、まるで配給のようにbelovedメンバーに行き渡っていく。
 持ち込みということで食べている真っ最中のものは地下の部屋を使うことになり、Hortensiaへ入ってすぐの二階テーブルは一般客が使えるようになっているが、食べ終わったものが狭苦しい地下から抜け出していくのですぐにいつもの光景へ戻るだろう。

「うめえ……」
「母ちゃん……俺、真面目になるよ……」
「そうだ、田舎に帰ろう」
「ばーちゃん、おかわりー!」

 ほっぺたにお弁当つけてお代わりを催促する同年代の不良たちに、白は物騒な雰囲気で「ぶち殺すぞ」という言葉とともにおにぎりを並べていく。
 お櫃三つ分のおにぎりはうんざりするような量になったのだが、握った時間が虚しくなる勢いで消えていく。
 白は美味しいなら結構、と自身もおにぎりをむしゃり、と齧る。冷めても美味しい鮎飯おにぎりが、まだ温かかった頃の味を知っているのは白と隼だけだ。作るものの特権である。

「お前ら、ちゃんと注文しなさいよ。浅木さんに怒られるの御免だからな」
「育ち盛りの胃袋なめてるんすか? ちょっくら大盛りパスタ注文してきますよ」
「俺、サンドイッチの盛り合わせ」
「じゃあ、俺は……」
「全員がばらばらとか別の意味で浅木さんと美園さんキレるぞ……」

 最終的にbelovedメンバーの食べるものは拓馬に一任される未来しか見えない。泣きを見た拓馬に縋られる未来まで見えて、白はせめて統一しろ、と注文へ向かおうとする連中を引き止める。

「にしても、総長いきなりどうしたの? 珍しいじゃん」
「それ、二番煎じ。隼ちゃんにも言われた」
「気勢を削ぐ方法よく知ってるね。見事に訊く気が失せたよ」

 千鳥は白けた顔になり、もぐもぐと鮎飯おにぎりを食べる。作った人間の塩対応はともかく、鮎飯の味付けは良い塩梅だ。濃すぎない味付けが鮎そのものの味を引き立てている。

「この鮎、塩焼きのほうが良かったんじゃない?」
「一人一尾で足りるのか?」
「ごめん」

 鮎飯ならばともかく、塩焼きでは一人あたり一尾しか回らず腹を満たすなど到底無理だ。むしろ、本人たちも認めた育ち盛りは美味しい鮎に目を輝かせて物足りなさを訴えるだろう。腹と舌に正直である。

「え……でも、どれだけ使ったわけ……」
「五キロ」
「総長、最近甘くない?」
「俺の財布は痛んでない」
「やるう、恐喝とか不良の総長らしくなったじゃん」

 肘で突いてくる千鳥の顔面を凹ませてやりたいと考える白のもとへ、ウーロン茶を持ってきた隼がやってくる。
 グラスは二つ。

「隼、俺のはー?」
「ねえよ」
「そういうやつだよね。拓馬ー、千鳥ちゃんにウーロン茶!」
「はいっす!」

 白は差し出されたウーロン茶を受け取り、ひと口飲んだ。冷えたウーロン茶が口のなかをさっぱりさせていき、心地よい。
 白が座っていた椅子の側には小さな丸テーブルがあるだけであったが、隼は態々空いている椅子を持ってきて丸テーブルを挟んで白の側へ落ち着く。
 立ちながら隼の一連の動作を見ていた千鳥は呆れた顔を隠さないが、その顔すらも大層整っているので白は悔しくてくやしくて堪らない。

「千鳥ちゃん、その顔面に不満があったら言ってね。いつでも改造するのに協力するから」
「どういう協力するつもりか察しがつくからお断りするね」
「遠慮しないで」
「拒否してるんだよ」
「またまたあ!」
「総長は俺の顔は忘れて隼でも構ってて」
「おい、イケメン。誰も彼もがてめえの顔を意識してるとか自意識過剰も大概にしろよ」
「総長は俺にどうしてほしいわけッ?」

 低い声で凄む白に千鳥は「もういや!」とヒステリーを起こした女のようなことを言い出し、白と隼から離れていく。

「彼女かよ」
「隼ちゃん、俺はいますごく複雑だよ」

 お前がそれを言うのか、と隼の日頃の態度を思い浮かべて白はなんとも言えない色を眼差しに乗せるが、隼は態とらしいほどにきょとんとした顔をするばかりだ。

「そういえば、海外に行かれるんですよね? どちらまで?」
「イギリス」
「……ちょっと意外です」
「そう?」

 白は鮎飯を包んでいたラップを細く畳むと小さく結ぶ。おしぼりで手を拭きながら、そんなに意外か? と呟いた。

「いや……飯が……」
「……そうだね、俺も急にフランスとかイタリアに行き先変えたくなったよ。お土産はスターゲイジーパイでいい?」
「やめてください。せめて、総長が作り直したやつにしてください」
「俺もちょっとあれをどうにかするの自信ないんだけど……」

 鰯に星空を見上げさせておけばいいだろうか、と白は真剣に考えるが、歴史ある粗食に太刀打ちできる気がしない。もっとも、粗食というには見た目が豪華に見えなくもないのだが。

「どのくらい留守にするんですか?」
「長くないよ。トラブルがなければね」
「トラブルに見舞われる予定でも……」
「外国人が向こうで警察の世話になる面倒が分かるか……? 俺の身長なんてアングロサクソンにとっちゃ埋没するだろうに、やーれやれだ」
「トラブルの可能性は理解しましたが、間違いなく身長の問題じゃないですね」

 白の物騒な気配は万国共通であるようだ、と隼は呆れよりも憐れみを向けてくる。白は男の子なので泣かなかった。

「無事に帰ってきてくださいね」
「もちろんだとも」

 自分はそのつもり、その予定を組んでいる、と白は言葉にせぬまま頷いた。
 予定は未定、決定に非ずという言葉を努めて無視しながら。

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