小説
二話



 高校の体育祭でも保護者が応援に来ることは珍しくはない。
 逆に、来ないことは特筆するようなことでもないほど、珍しくない。
 ただ、弁当だけは作って持たせる場合が多いようだ、とは家庭の台所を預かるものに圧力をかける噂である。信憑性は定かではない。

「総長はなに作るんすかー」
「なんで俺が作ること前提なんですかねえ……体育祭だよ? 疲れるんだよ?」
「え……作らないんですか?」

 Hortensiaでぐったりとした風情の拓馬に訊ねられ、白は何を言っているのかといわんばかりに返す。
 驚いた気配が店中に広がった。

「え、え、総長ですよねっ?」
「でかい重箱にたくさん作って蓋を空けたら絢爛豪華で周囲の茶色いおかず弁当を蹴散らし主婦と彼女にいらんプレッシャーかけまくるんですよねっ?」
「俺が女性に嫌われる理由を教えてくれてありがとう」

 くそが、と白は忌々しげな声で吐き捨てた。
 今までも花見などで白はそれはもう手の込んだ弁当を作ってきた。恐ろしいことにこの青年、場面に合わせて弁当の中身を変えるだけの広い技量領域がある。
 白自身の好みから最も得意とするのは料亭の仕出し弁当系統であるが、体育祭の昼食、それも育ち盛りの高校生男子の胃袋を満たすためのものに、それは相応しいと言えるであろうか? 否、だ。
 そも、主役となるおかずをどん、と盛って、あとは汁物やご飯があれば満足する傾向にある男にとって、ちまちまとどれが主役かも分からないおかずを複数揃えられてもぴんとこないのだ。

「作るとしたら茶色いお弁当だよ」
「からあげはありますか!」
「肉巻き! 肉巻きは!」
「あったとしたらどうするつもりだ、お前ら」

 へへー、と全員が照れくさそうな顔をする。白の弁当から失敬するつもり満々である。
 白はため息を吐き「はちみつレモンの一つも奢りなさいな」と、言外に許容した。
 隣のスツールに腰掛ける隼が「優しいですね」と苦笑すれば、白は「俺はいつでも優しいよ、ミスター・ジェントルマンだよ」とてきとうな物言いをする。
 そんな白の様子を談笑の合間に窺う視線があったことを、彼は当然気づいていた。



 白が登校すると、下駄箱に可愛らしい封筒が仕込まれていた。
 清楚なレース風デザインの封筒だ。ふわふわしたうさぎのシールで留められている。

「織部さん、どうし……んッッ?」
「え、なに? どうした、えぁッッ?」

 下駄箱の前で立ち止まる白を両隣から覗き込んだ隼と千鳥が、ひっくり返った声を上げる。
 白の下駄箱に清楚で可愛らしい封筒が入っているのだ。腰を抜かさんばかりに驚いても仕方がない。
 間違えたのではないか、と思うも表書きには「織部さんへ」と書かれている。丸く、細く、少し小さめという、女性的な筆跡である。
 馬鹿な……と無意識に呟いた隼の腹に見もせず一撃打ち込んで、白はこっくりと首を横に倒す。常と同じくらいに急な角度であるが、常の仕草と違ってゆっくりしているところに白が動揺しているのではないかと、千鳥は自分こそ動揺しているのを無視して考えた。

「……ちょっと読んでくる。遅刻にならんうちに教室に行くから、先行ってて」
「え、ええ……?」

 隼が物言いたげに白と封筒を見比べるが、個人に宛てられた手紙である。見せてくれというのは筋違いであるし、本人が見せる気もなさそうなのに見ようとするのは完全なる礼儀知らずだ。尤も、私的な手紙であるならば、いたずらに開示するほうも同じようなものであろう。
「律儀だねえ」とどこか含むような声音で言う千鳥がひらひらと手を振るのに頷いて、白は一人で人通りのないほうへ向かった。
 空き教室の一室に入り、白は封筒を軽く振って中に入っているのが紙切れ、便箋であることを確認する。重量から察するに刃物の類が仕込まれているということはなさそうである。厚みや感触にしても、トカゲの尻尾や虫の死骸が入っている様子もない。
 転入前の暗い過去を漂わせる確認を終えて、白はようやく封筒のシールに指をかけた。
 中にはやはり手紙。
 封筒とセットであろう便箋に目を通し、白は飴色の目を瞼の奥に閉じて深いため息を吐く。
 便箋を封筒にしまい、封筒ごとポッケにないないした白はこれから一仕事始めるヤクザのような空気を漂わせながら携帯電話を取り出した。
 呼び出した番号にかけて、コール音が一回、二回……応答。

「あたしリカちゃん、首洗って待ってろてめえこの野郎」

 恫喝するような白の声音に相手は引きつった声を上げる。
 幾つかの会話の後、一方的に通話を切って白は携帯電話をしまうなり空き教室を出て行く。
 足音こそ静かなものだが、白の周囲に漂う空気は常よりも物騒である。教室へ向かう途中の生徒たちがこぞって廊下の端に寄り、教師は聞えよがしに「おおっと、職員室に忘れ物だー」と言うなり踵を返す。
 周囲の反応に目もくれないという、つまりは集団に馴染むつもり皆無の協調性のなさを発揮しながら白は宣言通り遅刻前に三年A組の教室へ辿り着く。
 隼と千鳥も声をかけるのを戸惑う白の状態に騒がしかった教室がぴたりと静かになる。

「おはようさーん! みんなのアイドル、忍足せんせやでー……って、なんや、えらい静かやん……」

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