小説
八話



「半殺しにしますか、それとも皆殺し?」

 ごくごく軽い隼の問いかけに、白は銜えていたアロマスティックを指に挟むとほう、と息を吐きながら床へ落としていた視線を上げる。

「――好きにしろ」
「……じゃあ、とりあえず半殺しにしましょうか」

 隼は微笑み、握っていた棒を振り下ろした。


「ぼたもちはやっぱ半殺しよねー」
「下手に皆殺しにしたらあんころ餅になりそうなんですけど」
「そこは好い加減でがんばれ」

 炊いたもち米を擂粉木で搗く隼を、アロマスティック片手に白が応援する。ぴこぴこ揺れるアロマスティックからはチョコバナナの甘い香りがした。
 餡はつぶあんとこしあんでそれぞれ半分ずつ用意が終わっているので、あとは隼がもち米を搗き終わり次第くるんでぼたもちが完成する。

「ひとりで仕込むのは久々でなあ、いざ花見にしゃれ込むときにもち米が根っことか最悪だろ」
「以前は誰かと?」
「主に祖母ちゃんだな。通りがかった祖父ちゃんが強制的に手伝わされてたときもあったが」
「……ご両親は?」

 白はアロマスティックをひとつ吸い、甘い吐息を落とす。

「成田離婚済みだ」
「え、す、すみませ……」
「ちゃっちゃと離婚したあとに妊娠発覚ってつまり初夜で当てやがったっつーわけで」

 親権事情は母親優勢の日本であるが、白の親権は父親にある。
 経済的に父親のほうが勝っているものの、母親とて父親に劣るだけで世間一般からすれば裕福だ。
 よって、親権が父親にある最たる理由は経済事情ではない。
 そも、母親は親権を主張していないのだ。

「おんぶ紐で出社だろうが出張だろうがする親父も赤ん坊のストレス考えてほしいが、お袋より増し。ずっと増し。あのひとと付きっ切りとか、赤子から成長していようがストレスで死ぬ」
「……あなたにそこまで言われるってどんなお母様ですか」
「常に躁状態かよっていう瞳孔かっ開いたバリキャリ。いま、どの国にいるんだろう。クリスマスにはカザフスタンからフェルト製の味のある人形とか白駱駝とかラハットのチョコとかが贈られてきた」
「間違いなくあなたのお母様ですね……そっか、交流はあるんですね」

 うん、と白は頷く。
 父親ほどではないし、実際に顔を合わせたのはもうどれほど以前のことか曖昧だけれど、交流が途切れたり断絶したことはない。
 両親はあくまで夫婦という関係を解消したのであって、白の親であることをやめたのでも、まして放棄したわけでもなかった。

「いいですね」

 白が視線を向けた先、隼が静かに手元へ視線を落とし、淡々ともち米を搗いている。
 両親が揃っていることは当たり前ではない。
 まして、離婚していながら親として機能し続けていることは、それが多く思い描く親子の姿とは違ったとしても、やはり当たり前ではない。むしろ、稀で、いっそ「おかしい」とすらいえてしまうのかもしれない。
 belovedには、親を、家族を、アレルゲンのように思うものも少なくない。
 白は望まれもしないのに、いや、望まれたところで憐憫など懐き、傾けなどしないのだけれど。
 隼が搗き終えたもち米をまとめ始めたのを見計らい、アロマスティックをしまった白も手を洗って隣に並ぶ。

「大きさどうします?」
「てきとうでいい」
「……了解」

 隼が丸め終えたもち米を手際よく餡で包み、濡らしたさらしの上に並べていく。

「お前さん、しょっちゅううちに来てる辺りからお察しだけど、俺が後から文句言われる自体にはならんだろうな」
「あったらどうします?」
「お預かりしてます系の連絡入れなきゃだめでしょうがよ」
「あはは、総長はほんとうに律儀というか……育ちが良いんでしょうね」

 ご心配なく、と隼はわらう。
 ほんの少し、片方の口角が歪んでいる。

「両親、いないんで。あ、実質一人暮らしなだけで……父親がどこかに長く出張で……」

 揺れた茶色の目。素早いまばたき。
 嘘を吐く人間の反応だと、白は知っていた。
 知っていたけれど、白は「へえ」と相づちを打つだけだ。
 相手を陥れるものならばいざ知らず、自らを守る嘘をどうして一々指摘しなければならないのか。
 深く訊かない白に隼は左右で僅かに歪みのある笑みを浮かべる。
 その歪んだ唇に、白は出来上がったばかりのぼたもちを一つ、無造作に押し付けた。

「むっ」
「はは、野郎『お手製』とか災難だな、ざまあ。ほら、口開けろ」

 べたべたとする口元に眉を顰めつつ、隼は口を開いてぼたもちに齧りつく。
 甘い。微かな塩気が余計に甘さを引き立てる。
 それほど甘いものが好きではなかったのに、隼は白の手元に残った分も食べた。
 なぜだろうか、染込む甘さが不快ではなかった。むしろ、もっと、とうったえるものがある。
 二口でぼたもちを食べ終え、先ほどまで歪んでいた唇を薄く舐めた隼に白は無表情にげらげら笑う。

「お味はいかが?」
「……美味しいですけど、お茶が一杯怖くなりました」

 白は「これが終わったらな」と残ったもち米と餡を示す。

「まあ、お前さんはその前に口拭いなさいな」
「言っておきますが総長のせいですよ」
「Non」

 白は白々しい声音で言う。

「おれの『おかげ』だろう」

 一瞬反論を浮かべた隼の口は、結局他愛ない会話を投げかけた。

「赤福が食べたくなりますね」
「俺もそう思った」

 手元の菓子は伊勢銘菓と別物である。

「そういえば、総長って時々出てくるの殆どフランス語ですよね。親父さんの出張ってそっち方面ですか?」
「当たらずとも遠からず」

 フランスにも行ったことはあるが、フランスだけ長く滞在したわけではない。

「国外に出ないから必要ないなんて言ってられない時代だよ」

 肩を上下させてから手を動かし始めた白に、隼も慌ててもち米を丸め始める。
 単純作業はおさらいということもあり、量が少ないのであっという間に終わる。
 隼が怖がった茶とともに食べたぼたもちは美味かった。

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あきゅろす。
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