小説
四話



 朝食の洗い物を済ませれば隼は「またあとで」と帰っていき、それを見送った白は部屋着を脱いでのたのたと着替え始める。
 普段ならば印象となるよう必ず白色が基調になるが、今日は目印にするわけにも警戒色にするわけにもいかないのでなるべく色味を取り入れる。ただ、積極的に目立つとそれはそれでいけないことになるので、己のさじ加減の難しさに白は辟易した。

「……出かける準備だけで疲れるな」

 印象を変えることの面倒さにため息を吐き、白は財布片手にレザーシューズへと足を突っ込んで玄関を後にする。



「あ、織部さん!」
「お久しぶりです」

 KOTORIに向かえば前回同様、床を掃いていた日名子が明るい顔で声を上げた。
 女性に歓迎的な対応をされるのが珍し過ぎてうっかり恋をしてしまいそうな白だが、ふと日名子の他にも従業員らしきひとに気づいて表情を固める。元より無表情だ。

「あれ……総長?」

 白の視線の先、ひよこ頭の日和がかちゃかちゃとロットを片付けていた手をとめて、これまた人懐こい笑顔で駆け寄ってきた。

「あ、やっぱり総長っすね!」
「……ヒトチガイディス」
「またまたー! 総長がうちに来てくれるなんてびっくりですよ!」

 にこにこ日名子以上に眩しい歓迎笑顔の日和は一気に目が死んだ白に気付かず椅子の準備を始める。

「織部さん、弟と知り合いだったんですか?」

 白はブリキのように固い動きで小首を傾げる。精一杯すっとぼけようとしても「総長、総長」連呼されている状態で「後輩なんです」と言っても意味はない。
 最良の答えを凄まじい速さで考えている白の頭脳負担をちっとも考慮せず、日和が得意そうに日名子へワーストアンサーのトップ争いをしている答えをしてしまう。

「総長はbelovedで頭張ってるんだ!」
(エリアル実際に体験したいのかこの野郎)

 白が落ちてくる体を拾えなくなるのが先か日和が気を失うのが先か、先ほどの計算を上回る速さでたてた空中ランデブー計画はしかし、日名子の明るい声で無期限延期することになる。

「え、じゃあ日和の留年回避してくれたの織部さんなんですか!」

 一瞬なんのことか分からなかった白だが、すぐに自身が厳しい教師という名の鬼軍曹と化して勉強を見てやった追試対策を思い出し過去の自分にサムズアップする。

「いえ、大したことはしていませんよ。かわいい後輩のためですし、それに日和くんは飲み込みも早くて教え甲斐がありました」

「ふざけた回答をしてみろこの定規で即座に引っ叩いてやる」という無言の圧力をしならせた定規に込めた勉強時間を思い出したのか日和が青い顔をするが、同時に口も閉ざしたので白には都合がよかった。

「ほんとうにありがとうございます。一時はどうなることかと思ったんですけど……あ、いつまでもごめんなさい。真ん中の椅子にかけてくださいね!」

 慌てて促され、白は話題がうまい具合に切り替わって終了したことに安堵する。
 椅子に落ち着いたところでつぐみが顔を出したが、これまた話題は日和の留年回避に向かったので白はなるべくbelovedだとか不良だとか総長だとか今朝は副総長とご飯でしたなんて話題は欠片も振らず振らせないように始終した。
 途中で日和は用事を言いつけられて店内からいなくなり、日頃の行いの善さを白は天に感謝する。

「はい、いかがですか」

 洗髪も終えてしばらくつぐみと雑談交じりにカットしてもらった白は、カットクロスを外されてから軽く首をこきり、と鳴らして鏡を見る。
 前回と特別髪型を変えてはいないのだが、やはり伸びていた分小ざっぱりとした頭にひとつ頷き、鏡越しにつぐみへ会釈する。

「ありがとうございます」
「少し癖がありますから、梅雨前にもう一度きていただければ鬱陶しい思いはしなくて済むと思いますよ」
「そうですね、昔より随分大人しくなったんですが……」
「織部さん、少し癖っ毛ですよね」

 日名子の問いに白は頷く。
 今でこそある程度伸びなければ直毛に見える白だが、昔は天然のゆるふわパーマだった。身長が一気に伸びる前は小柄だったこともあり、それはもう――

 ――××くんは、いかにも! な天使みたいっすね!

「……いやあ、癖っ毛ってパーマあてる分にはいいかもしれませんが、自前だとあまりいいことってないですね」

 更新されることのない記憶が蘇り一瞬だけ間が空いてしまったが、日名子とつぐみは気付かなかったようでうんうん頷いている。

「やっぱり誰でもないものねだりってしちゃうんでしょうね。癖っ毛の方はよくストパかけにいらっしゃいますよ」
「ストレートの方は癖っ毛風に、とね」
「ないものねだりですか……その辺、ぼくは両方楽しめますね」

 冗談めかして無表情ながらに笑い合い、白は椅子から立ち上がる。

「――……随分と懐かしいフレーズだこと」

 笑顔で見送ってくれたつぐみと日名子に手を振ってKOTORIをあとにした白は、いつも通りの硬い表情で小さく呟いた。
 あれもない、これもない。
 穴埋めするように、見つけたものを全力で構いたくなる衝動は既に鮮やかな色彩を失い、ただ立ち枯れている。

「あー、美味いスープが飲みたいな!」

 脳裏に浮かんだ情景ごと足元の小石を一つ蹴飛ばして、白はまるで踊るような軽やかさでHortensiaへと向かった。

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あきゅろす。
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