小説
一話
好きです。
好きです。
心から。
どうしてもなんでもいらない。
理由という不純物の一切ない純粋な愛情です。
あなたを愛してる。
誰もあなたを見なくていい。
あなたは誰も見なくていい。
あなたは何も知らなくていいし、なにもしなくていいし、なんでも好きなように好きなままに振る舞えばいい。
これはあなたを好きな人間が起こす、あなたには関係のない行動です。
これはあなたを愛する人間が奔る、あなたには関係のない闘争です。
愛している。
愛している。
心から愛するあなた以外は思慮の外。
だから、その場所をちょうだい。
くれないというなら……殺してでも奪い取る。
「――高校最後の年だというのに、受験の海に沈まず青春謳歌しようとする連中はなんなんだろうな、浮ついてない? 生徒の本分忘れてない? 須らく勉学に励むものじゃないの? ねえちょっと答えなさいよ!!!」
「総長落ち着いてくださいよ」
「うるせえジンだ! ジン持ってこい!!」
店までの道中で初々しい爽やか高校生の恋人同士を見かけたらしく、Hortensiaに来て早々荒ぶ白は既に何杯かのグラスを空けているが、いずれもばらばらちゃんぽんである。しかしそのテンションたるや来店時と……暫く付き合えば見える一面となんら変わりない。
カウンターテーブルを労わっているのかばんばん叩くのは自分の膝だが「早く! あのあまどぅっぱさが鼻についてるんだよ!!」と叫ぶ姿は大変見苦しい。
「あのひと、ジンは松脂臭いって好きじゃないのにな」
「ああ、マティーニ注文するときシェイクなのはどこぞのエージェント意識してたわけじゃないんだ」
「でもハーブだの薬味だの平気なんだよな」
Hortensiaのドアを「あいやしばらく!」と豪快に開け放ち、遮光レンズをつけていたからだろう別口で携帯していたサングラスを床に叩き付けるという言語と行動に関連性が見受けられない、いつも通りわけがわからねえ白を見た瞬間から白がよく座る席周辺を離れた隼と千鳥は、未だ静まる気配のない白の奇行を時折眺める。
「公明正大大正義好青年イケメンなんて実在するわけがねえんだよ!! そいつのスクールカーストに惹かれたつもりが一分もない純愛恋愛乙女だっているはずが、はずがないんだ……っ」
「でも、総長は大和撫子好きなんですよね」
「うん。ヤマトナデシコゥは俺が雨の中で子犬拾って『お前も、俺と一緒だな……』とか言わなくても傘を持っていない俺が雨空見上げた段階で傘を差し出してくれる」
「きっも」
千鳥は視線も向けずに撃ち出されたピーカンナッツの指弾を喉頭に受けて、激しくえずいた。
「大変危険なので善い子は真似しないでください」
「不良のなかに善い子っているんですか?」
「一人の女性に絞って大事にする俺に優しいやつなら善い子だよ。あっちもこっちもと目移りする浮気野郎は総長、嫌いだな」
不良街道まっしぐらで特定のが相手はいないものは一定数いる。
そも、隼からして来るもの選んで去るもの追わず。
千鳥は常時物色に忙しい。
どちらにしても関係を持った相手が路の先で絡まれていたとしても「ふうん」で済ませるだろう。千鳥は嬉々として状況をこじらせにいくこともあるが。
このふたりの色事を聞いたらストレスや不摂生が覿面に現れる敏感肌になる呪いをかけるため一晩中踊り狂いそうに思われがちな白だが、しかしそういった辺りにネチネチ面倒くさく絡むことはない。
「お互い割り切った遊びなら好きにしなさいよ。相手を本気にさせて独り占めにする欲張りさんが憎らしくて憎らしくて仕方ないんだよ」
至極真面目に言い放った白にbeloved内の「欲張りさん」は一斉に視線を逸らし、beloved一番の遊び人である千鳥は「相手の気持ちがどうのって道徳一切説かないとこが『らしい』よね」と笑い、隼は「beloved総長っていう点で見れば寄ってくるやついんだけどな。すぐに退散されるからな、あのひと」と遠い目をした。
そういう「割り切り」を持っているくせに、白は「松脂臭え!」と言いながら飲み干したジンの次にバーボンを注文して清純派カップルを目の当たりにした傷心を酒で凌いでいる。
「火持ち出し始めたら『爆弾』やる気だからさすがに止めないとな」
「とか言いつつ、お前さっきからなに熱心にタブレット見てんの」
「あ? 二日酔いまでいかなくても明日だるいだろう総長でも美味しく食べてもらえる朝食レシピ探してるに決まってんだろ」
「お前の頭が薬でもキまってんじゃないの」
酒の火照りも冷めたとばかりの千鳥に一切動じず、隼は粛々とレシピサイトをあさり続けた。
「エージェントファンによって完売されたリレブラン復活したのはめでたいが原材料がちょいいじられてまた原作マティーニから離れたってのはどういう了見だちくしょおおおおお!!!」
隼は誓って違法薬物には手を出していないが、隼が敬愛する総長は輸入禁止薬物を欲して止まないらしい。
白の恨み言が妬みと嫉みから離れた辺り、隼の気遣いは功を成すことだろう。
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