小説
五話



 七恵の話を聞いて、抱腹絶倒したのは独楽であった。
 侵入者騒ぎがあったと思いきや、侵入者と目されたのは転入生で、その転入生はとてもではないが同年代の高校生男子には見えないという。
 大凡、冗談としか思えない話は独楽の琴線を大層擽り、彼の興味を存分に惹いた。
 独楽はなにやら転入生を気に入った様子の七恵から根掘り葉掘り話を訊き出しているものの、しかしその話を丸ごと信じているわけでもない。
 そう、棗の反応よろしく「冗談」として話半分に聞いて、その上で楽しんでいるのだ。
 尤もである。
 いったいどうして斯様な青年の話を実在のものとして、真実として受け入れるだろう。
 独楽のなかで転入生は少し強面で体格がよく、顔にちょっとした傷跡がある程度に留まっている。
 そんな転入生の話を七恵が感じ入るものがある様子で話すから、余計におかしいのだ。
 七恵は独楽の反応に段々不満そうな顔をして、それならば本人に会ってみればいいと言いだす。
 侵入者として見られるような登校の仕方をしたらしいが、恐らくは警備に一時的になんらかの不備があったのだろう。今後ないように注意すれば済む話なので、危険人物でない以上は本人と面会することに問題はない。
 棗としても心配が杞憂に終わったものの、七恵がここまで他者に心寄せることが珍しく、転入生の存在が気になる。
 ならば、夕食のときに食堂へ行けば会えるだろう話をまとめる。
 昼食は教室や他の場所で摂る可能性もあるが、夕食であれば寮の食堂を使うか自炊するのが一般的だ。転入当日に自炊は流石にないだろうと判断してのことであった。

「遠江さんはすごいですよ。会えば分かります」
「うんうん、副会長がそこまで言うんだから楽しみにしてるよお」

 真剣な顔で言う七恵に対して、独楽はくふくふと笑いながらおかしそうだ。
 彼らのやりとりを横目に、棗は転入生に関する書類を集めるも、詳細がないことに眉を寄せる。
 文書であれば一般生徒と同程度の情報はあるが、顔写真の一つもない。
 転入自体が急に決まったようなので、まだ生徒会にまで回ってきていないのかもしれない。
 生徒証であるカードには証明写真が用いられるが、生徒証が必要な場面では大体がリストバンドで補えるので生徒証の発行が遅れているのなら有り得た。
 棗は書類に記載されている転入生の転校元を検索し、公式サイトをざっと確認する。
 特筆すべき点は然程あるように見えないが、検索に引っかかった雑談掲示板のいち分が気になる。
 ――あそこはやばい。
 ――俺の近所に現役生がいるけど、おかしい。
 ――あんなんマジキチ養成機関だろ。
 ネット上の噂である以上、信憑性は薄い。
 情報源も明記されず、またされたとして正誤の判断も曖昧な世界では、憶測がいずれ真実のように扱われ、事実からかけ離れていることが珍しくない。話題にされている本人が否定しようと、自分たちの都合のいい、面白おかしい方向でしか物事を見ず、認めない輩は容易く否定を踏み躙る。それこそ、なんの根拠もなく。
 あてにならないものだという意識を念頭に置いている棗であるが、七恵の話す転入生を思うとどうにも気になってしまう。
 もう一度公式サイトに戻った棗は、彼の高校の住所に眉を上げる。

「松浦」

 ぼんやりと会話する独楽と七恵を見ていた南穂が、棗のほうを見てまばたきをした。

「はい」

 口数の少ない南穂だが、初等部の頃から「呼ばれたら返事はしろ」と棗が教えてきたおかげで、聞いているんだかいないんだか分からないという反応はしないようにしている。
 今回もきちんと返事をして棗の目をじっと見る南穂にひとつ頷いて、棗は彼に手招きする。
 素直に寄ってきた南穂は、棗が指差すモニタを覗き込んでぱちり、とまばたきをした。

「お前の実家はこの高校の近くじゃなかったか?」

 住所をすい、と示した棗に南穂が頷いて、それから彼は目を見開くなりサイトの内容に素早く目を通し始める。
 棗に声もかけずマウスをいじっていく南穂の様子は常になく、棗は驚きながら彼の行動を見守った。

「…………うそ」

 マウスから手を放し、南穂は片手で口元を覆った。

「松浦?」
「会長……転入生って、ここから……?」

 棗が戸惑いながら頷けば、南穂はとうとう愕然とした顔になる。
 それから恐る恐る七恵のほうを見やり、がたがたと震えながら顔を数度振る。

「会長……俺、転入生に会いたくない……から、夕食、今日は一緒に行かない」
「お前がそんなに怖がるのは心霊番組見たときくらいじゃないか……? 転入生を、いや、この高校を知っているのか?」

 南穂が小さく頷く。
 しかし、詳細は話したくないようで、棗がなにを訊ねるより先に「ごめん」と言って自らの机に戻っていき、それからは頑なに七恵も、棗のほうも見ないようにしている。
 棗はこくり、と自身の喉が上下するのを自覚して、再びモニタへ視線を戻す。
 学校の挨拶というページにはありきたりな内容しか書かれていない。
 施設や、教育理念なども異様なものは、なにもない。なにもないように見える。
 それでも、七恵が語る転入生と、南穂の様子が棗に不安をもたらした。
 夕食の場で対面したとして、果たして何事もなく終わるのだろうか。
 通常であれば明快に頷くことができるはずなのに、棗はそれこそ根拠のない慢心であるような気がしてならなかった。

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