小説
十四話



 テスト期間中は自身のことで手一杯だったのか、名倉が絡みにくることはなかった。絡んだとしても白が白たる所以ゆえにストレスを溜める結果にしかならないので、勉強に打ち込んでいたのは正解だ。
 しかし、テスト期間が過ぎてしまえば、以前よりも粘着質な視線を送ってくるようになり、口を開けば今回の手応えがあったという白相手でなければ圧力になり得るだろう自慢を並べ立て、大変、非常に、面倒臭い人間になっていた。とはいえ、成績トップの実力は本物、家の背景も美味しければ、名倉に追従するものも多い。
 自信と、賛同者に勢いづいたか、標的にした白や、元々絡んでいた千鳥のみならず、名倉は隼にまで嘲り顔を向けた。

「校内の落ちこぼれ共と接触を図っていたようだが、今さら味方を増やそうとしたところで三年も目前に人生をふいにする輩がどれだけいる? いたとしても所詮は不良なんぞに目を眩ませる馬鹿な落ちこぼれだ。たかが知れていると分からないのか」

 隼は成績が悪いわけではない。学年三十位以内に入っているが、名倉からすれば視界にも入らないのだろう、こうして直接隼に絡んでいくのは初めてのことだ。
 ちっとも嬉しくない初体験をした隼は、意気揚々と去っていった名倉に口をひん曲げて白の袖を小さく引いた。

「ちょっと顔面凹ませてきてもいいですか?」
「なにを言っているんだい、お前さんは。いいわけないでしょう」
「大丈夫ですって、顔面セーフ」
「あの眼鏡にとっちゃアウトだよ」

 不良として有名な隼はぴーちくぱーちく囀りすずめの煩さに縁がなかったわけではないが、陰口なら耳にも入らないのに、直接向かってこられると鬱陶しさが倍増する。
 手を出すべきではないと理解していても、目覚まし時計よろしく叩いて黙らせたいのだ。
 じわりじわじわ溜まった鬱憤を晴らしたいと白にねだりながら、ちゃっかりマンションまでついてきた隼に、白は最早諦めにも似た気持ちを抱く。

「残念だが百八十オーバーの野郎にねだられたところでこれっぽっちも心が動かない」

 前髪をピンで留めて、サロンエプロンを巻いた姿でにんじんを手早く切る白の今日の晩御飯は、ミルクリゾットである。隼はその隣で玉葱を刻んでいる。時折すん、と鼻を鳴らす隼の目は赤い。
 どうせ食べていくつもりだろう、と容赦なく一番辛い作業を押し付けた白であるが、料理に心許ない隼では任せられるのがこれくらいというのも否めない。
 つまり、自分はなにも悪くない、と白は内心で主張する。

「あー、辛い」
「もう遅いけど、鼻に詰め物すればいいらしいよ」
「他になにかないんですか」
「露骨に嫌そうな顔をするね。濡らしたマスクでもすればいいんじゃない」
「なんでそっちを先に教えてくれないんですかねえ……」
「月謝も払わず教えを請おうとか図々しいと思わない?」
「気の強い女の連絡先でいいですか」
「目玉と鼻の穴にすりおろした玉ねぎ流し込んでやろうか」

 限りなく本気で言えば、隼は「顔自体はきれいなのに残念ですね」と返してきたので、白は彼の脛を蹴り飛ばしたくなった。刃物を持っていなければ実行していただろう。
 切り終わった玉葱を笊にあけ、隼が次の指示を乞うのでさやえんどうを任せた。

「総長、大体肉切るの後回しですよね」
「雑菌怖いでしょ」
「……ああ、なるほど」
「…………お前さんには月謝ツケにしても教えておいたほうが良い気がしてきた」
「正解だと思いますよ。よろしくお願いします」
「輝く笑顔が憎たらしい」
「またまた」

 望みどおりに事が運んだ、と顔に書いてある隼は確かに憎たらしいが、子犬が思いもよらぬものを掘り出して得意そうにしている様にも見えた白はため息で全てを流し、鶏肉をスパスパと切っていく。
 愛包丁につけた名前は村正。
 夜中に砥いでいると無性に笑いがこみ上げてくるが、時間を考慮して我慢している。結果、不気味な含み笑いにお隣さんが布団を引っかぶって震えているので、考慮しても功を奏していない。

「それにしても、名倉はいいんですか? いや、いいからああいう手段なんでしょうけど、最初から潰しておけばなんの煩わしさもないのに。総長、面倒臭いの嫌いって言ってませんでしたか?」
「正当防衛は少なからずダメージを受けなくては成立しない。あ、いや、日本警察は国民のそういった自立を認めたくないから、正当防衛成立はそもそも確立が低いか。
 まあ、俺はなにも悪いことをしていないっていうスタンスを保ちたいんだよ」
「散々罵倒されていますが、鬱陶しくありませんか?」
「もっと激しくてもイイくらいだ!」

 包丁を置いて、白はフライパンを火にかける。

「まあ、冗談だ」
「その割りに切実さが滲んでいましたが」
「気のせいだろう。大体、あんなものは痛痒すら感じない。態々なにかと自分を比較して貶めようとしたところで、なあ?
 本当に他者を貶めたいなら、そいつの欠点を抉るべきだろう。的確な人格否定もできない相手に俺がときめくと思うなよ。あ、隼ちゃん牛乳にコンソメ溶いて」
「総長、時々……でもなくマゾっぽいこと言いますね。名倉のことをおもちゃにして遊ぶのは最高にサドっぽいですが」

 コンソメは作るのが面倒臭いので、用意されているのは市販の顆粒コンソメだ。それを牛乳に溶かしながら呆れ調子に隼が言えば、オリーブオイルで鶏肉を炒める白が油の跳ねる音に隠れるほどの小ささで言う。

「どっちでもないし、どっちにでもなるよ」

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