小説
十三話



 学期末テストの日まで、白はいつも通りの姿勢を崩さなかった。
 ちょこちょこお出かけしたり、帰りに寄ったHortensiaで酔っ払いの勢いに流されて王様ゲームをした結果ぱっつんぱっつんのナースになったり、ゲーセンで対戦ゲームに興じたり、目の前を横切った黒猫が車に轢かれそうになったのを助けたり、露店で買った怪しげな絵柄のタロットカードで自分を占った結果三日後に死ぬと出て発狂したり、その結果お隣さんがすすり泣いたり、発狂したまま本職に占い直してもらったら運命の出会いがあったと告げられて胸をときめかせたり、しかし三日後打倒belovedを掲げた不良に単独行動中を狙われ捨て身の体当たりをかわすも何故か突撃飛翔してきた鴉に仰け反ったはいいが足を風で転がってきた数十は下らない空き缶にとられて道路側へ倒れかけたと思いきやその場で一回転皮一枚の差で背後をダンプカーが通り過ぎたり、ジャージとスニーカーを揃えて土手ランナーたちに並んで青春したり、まったくもってどうということもない日常である。

「あー……カルト宗教の教祖くらいセールス力が欲しい」
「くそ質悪いセールス力ですね。真っ当に求心力望みましょうよ」
「求めよさらば与えられんって耳障りいいけど、そもそもは祈って求めれば正しい信仰ゲットやったね! ってやつだから。つまりは求めただけじゃだめってことだから。努力しろって言われるの大っ嫌い」
「まあ、努力を強いられるのに引っかかる気持ちは分かりますけど……」

 でも、そういう話ではないだろう、と隼は困った顔をする。
 それでも、白は楽して思い通りの方向になってほしいのだ。
 努力などせず!
 クソ野郎の思考である。
 人生、楽をすることは決して悪いことではないと白は主張する。
 挫折や失敗は成功の素などという言葉もあるが、そも挫折や失敗をすることなく全てにおいて成功し続ければ、なんの問題もないのだ。
 こつこつ地道にやるしかないのでそうしているが、最短最速で最良の結果が出るのであれば、そちらを選ぶほうが効率的である。
 そんなものが叶うのは、天文学的な確率なのだろうけれど。
 理想論と割り切れば薄っぺらい内容を紙飛行機にして飛ばすように垂れ流したところで、周囲は年甲斐もない児戯を、と呆れるように目を眇めるに終わる。

「実際のところ、調子ってどうなんですか?」
「うん……とりあえず、涙も笑顔も忘れてはいないみたい」
「それ、時間の問題だったって言いませんよね?」
「失礼だな! 俺のことを信用しなさいよ!! そういう隼ちゃんはどうなんだい!」

 無表情にぷんすか怒り出す白に「訳分かんねえなあ、もう」と隼は顔に大きく書きながら、それでも敬愛する総長の質問にきちんと答えた。

「まあ、俺はbelovedのブランド力に物言わせましたから」
「そのブランド力、俺も使えるはずなんだけど」
「ターゲット層が違うのは、織部さんが選んだことじゃないですか」
「ああ言えばこう言って、カチンと来る子だね」

 しかしながら、御尤もであることを白は理解している。
 ある意味で自分は楽なほうなのだ。
 その点、千鳥が一番大変だったのかもしれない。
 あと少しで全部終わるので、もう少しの辛抱と付き合ってもらうしかないのだが。

「みんな付き合いが良くて助かるわあ」
「何処までもついて行きますよ、俺は」

 白は隼のほうを向く。
 茶色の目に向かって目を細めれば、隼がその口元に笑みを刷いた。
 ため息を吐きたくなってしまうが、白はゆっくりと飲み下す。さして重くもならない胸の内、代わりに浮かんだのは小さな欠伸。
 今日は良く晴れた天気で、教室に差し込む陽光も穏やかに眠りを誘う。
 陽光と一緒に注がれるのは、隼からの視線。
 腕を枕に隼にちらりと視線を向けて、白はひらひらと片手を振った。

「そんなに見つめるんじゃないよ」
「減りますか?」
「穴が空く」

 他愛ないやりとりをして、白は机にぺたりと伏せた。
 このまま眠ってしまえばどれだけ気持ちいいだろう。ここは一つ、不良らしくサボタージュなるものに挑戦するのも趣深いのではないだろうか。
 テスト期間中である以上、その選択肢を選べば待っているのは追試という手間なのだが。
 隼が「寝ないでくださいよ」と笑いながら話しかけてくるのに「んー」と生返事を返したところで、がらり、と音をたてて開いた後ろのドアから千鳥が入ってきた。

「なんか話してたー?」

 椅子に掛けながら、微睡みに片足突っ込む白をにやにやと見遣る千鳥は、白が眠りそうになったらここぞとばかりに邪魔をする気配でいっぱいだ。なんてありがたいのだろう。

「細工の具合の話」
「ああ、あれ」

 千鳥が上機嫌に笑う。
 白に付き合ってここ暫く面倒もあったけれど、内容そのものは即了承できる類であった。何といっても、結果が楽しみすぎて堪らない。
 最初に話を聞いたときは心底呆れたものだ。どういう神経をしていたら、そんなことが思いつくのだろう、と。
 頬杖を突いて白を見遣りながら、千鳥はまるで褒め言葉を並べるような口調で言う。

「ほーんと、質悪いよねえ。むしろ、性格悪すぎ」

 隼ですら千鳥の言葉を否定しないなか、白は投げやりに応えた。

「褒め言葉をありがとう」

 噛み殺し損ねた欠伸が、白の唇を歪ませた。

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