小説
十一話



 白の性格は決して善くない。間違っても善人ではない。
 どれだけ一所懸命なひと相手であろうと、その一所懸命が独り善がりで空回りしていれば目の前で無表情に抱腹絶倒してやるし、他人にむかっ腹を立てさせることにおいては普段の面倒臭がりをかなぐり捨てるときがある。
 端的に云えばクソ野郎。
 そんな白に絡んできたのは、どうやら成績に少なからず自負するところのある優等生。
 真面目に勉強を打ち込む優等生ならば、白はその存在について思考することすらなかっただろう。
 しかし、名倉は白に自ら接触した。
 隼曰く警察関係の後ろ盾があるからだろう、身体能力からすれば無謀にもほどがある接近をした。
 放っておけばよかったのだ。
 目の上のたんこぶに思おうと、千鳥は名倉を眼中にすらいれていないのだから、最初から放っておくべきだったのだ。
 それを範囲広げて白にまでちょっかいかけた。わくわくしないわけがない。
 ゲッゲッゲと昔話の山姥が夜中にする忍び笑いに似た笑い声を無表情に漏らす白は、浅実に在籍するbelovedメンバーから過去のテスト内容や、所持していれば採点済みのテスト用紙そのものを集めた。
 しかし、白が勉強らしいものをしているようには見えず、更に千鳥へ「千鳥ちゃん、デートしよ」と顔の横できゅ、と拳を作ってお誘いをかければ、その考えも間違っていないように思われた。
 デートなどという名目で誘われた千鳥はあからさまに嫌そうな顔をして、隼に「千鳥、お前調子にのるなよ」という理不尽を吹っかけられたこともあってお断りしようとしたのだが、白に「断るならお前の顔面の皮を拝借する」と真顔で言われれば頷くしかない。

「なにが哀しくて野郎とデートなのさー……」
「甘いフェイスで万人受けするイケメン千鳥ちゃんに手伝って欲しいことがあるんだよ」
「褒められたのに呪われた気分」
「間違っていないな」
「間違っててほしいな!!」
「俺がイケメンを褒めると思っているのか甘ったれるなッ」

 酷い理不尽を食らって千鳥は「もうやだー……」と項垂れる。
 そうしている間にも後ろから隼が舌打ち混じりに睨んできて、千鳥は厄日だと思わずにいられない。

「大体デートとか薄ら寒い言い回ししてさあ……なにがしたいのさ」
「ショッピング」
「……なに買うの? 言っておくけど、俺は麻薬の取り引き会場なんて知らないよ」
「ダウト、belovedとかいう恥ずかしい名前はさておき、実績から考えてヤーさんが声かけないわけがない。スカウト然り、パシリ然り」
「否定はしませんけど、だからこそ完全にその辺と距離置きたいんですよ。きな臭いところにはアンテナ張っていつでも引けるようにしておきますけど、積極的にはとてもとても……」

 隼の答えに白は僅かに目を見開いてから、視線を彼に向けた。

「へえ……まあ、どうでもいいや。用があるのは末端価格お幾ら億円の代物じゃないし。
 へい! へい、くそイケメン千鳥ちゃん! ちょっくら総長を好青年ナイズしてくれ」
「無理」

 千鳥は即答した。
 白を好青年風に見せるなど、無茶振りにも程がある。本気で言っているのなら、一度姿見で己と向き合うべきである。
 白はめげなかった。

「ちょっと人当たり良さげに服とか色々見繕ってちょうだいよ。おしゃれ番長なら簡単でしょっ?」
「おしゃれ番長だってマネキンが悪ければ機能できないよ」
「おい、千鳥。言葉を選べよ。総長は見た目怖いだけで容姿が悪いわけじゃないだろ。見た目怖いだけで」
「ねえ、隼ちゃん。なんで二回も言ったの?」

 隼は黙秘した。

「話しかけて逃亡されない程度でいいんだって」
「相手を椅子に縛り付けたほうが早いって」
「手伝いましょうか?」
「お前ら嫌い」

 不機嫌になった白の放つ雰囲気はそれこそとても恐ろしく、隼と千鳥は手のひらを返したように「まあまあ」「とりあえず店に行ってみよー」と宥めた。

「相手によって受け取る印象も違うだろうしさ、可哀想な犠牲者……じゃなかった。お話したい相手って誰?」

 千鳥に訊ねられ、白は短く答えた。



「――Hey! そこのSchool caste低そうなBoy!」

 家を出て暫く、やたらと流暢な英語交じりにとんでもない暴言で声をかけられた前髪の長い青年は、声のほうを振り返って硬直した。

「だ、誰……っ?」

 ひらひらと友好的に手を振るのは愛らしく媚びた面した猫着ぐるみ……の頭をつけたやたらと身長の高い男。
 前髪の内側で恐怖と困惑をごちゃ混ぜにして、青年はじり、と着ぐるみから距離を取ろうとするが、完全に逃亡を果たす前に男はくぐもった声で言った。

「俺と高み目指して、DreamingなTrainingしようぜ!」

 微妙に韻を踏んだ誘い文句を一つ、不審者は親指をぐっと立てた。
 ぱっとしない日々を恙無く送っていた青年、簗瀬の学校生活は、このくぐもった声によって転機を迎えることになる。
 本人が望むとも、望まざるとも。

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あきゅろす。
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