小説
九話



 白は犬など飼った覚えはないのだが、帰宅早々、大型犬としか思えないものに大変な歓迎を受けた。
 大型犬の名前は隼。雄だけど未去勢。
 やたらめったらはしゃいでいる隼になにがあったかと思えば、理由は単純。
 拓馬から発信された動画を観たのだ。

「すっげえ早業でしたね!」
「お前さんもできるでしょ」
「いや、無理です。総長はもう少し人類に対して期待と希望を捨ててください」

 真顔で言われ、白は十七歳の身空でなんと残酷なことを強いるのかと慄いた。
 傍目には無表情で食パンを賽の目に切っているだけなのだが。
 出かけてすぐはもう少し手の込んだものを作るつもりであったのだが、なんとなく興が削がれてしまった白は賽の目に切った食パンを塩などで味付けした牛乳に浸し、染み込んだら卵液へと絡めた。
 バターを敷いたフライパンへじゃっと半分ほど空けられる食パンは大変良い匂いがして、それだけでも腹が空くのに白は更なる暴虐を重ねる。
 チーズとベーコンが平たく均されたフレンチトーストダイスの上に散らされ、残りの半分を上に重ねると絶対に太ると思いつつ絶対に美味しいと確信できる匂いに胃袋が「っひゃあ! もう我慢できねえ!」と血沸き肉踊りだす。
 上下一体となって、下の面が色づいてきた辺りで白は崩れぬよう器用にひっくり返した。
 フレトーロール式にすればひっくり返すのに慎重さもいらないのだが、昼食として足りる量を巻くのが白には面倒臭かったのだ。これならば皿に移して切れば済む。

「手慣れてませんか?」
「実際、慣れてるからね」
「和食だけじゃないんですね」
「美味しいものは和食だけじゃないからね」

 白はフレンチトーストを大雑把に半分に切って、一つを自分に、もう一つを隼へ渡して遅くなった昼食とした。
 賽の目にしたことでじゅわりとベーコンやチーズの旨味が口の中で広がる逸品に舌鼓を打ちながら、自然に自分の分も用意されたことと、その味にじんわり感動している隼へ白は「この辺物騒すぎない?」と投げやりに問いかけた。

「belovedはトップ張ってるんで、それだけでも狙う輩は多いんです。belovedができる前はつるんでる奴ら自体が少なくて、この辺は個人の小競り合いで結構荒れてました。それが鬱陶しくてオーナーはbelovedを創ったそうです。組織としてまとめれば、ある程度の秩序は確保できますから。
 でも、そうなると今度はbeloved気に入らない奴らが集まって集団になったり、と……」
「一点集中砲火されてるなら、対岸の火事連中は楽よね」
「その分、belovedが負ければそうも言っていられなくなるでしょうけどね。
 belovedを気に入らない奴らは多いんです。さっきも言いましたが、トップというだけでも癪に障るのに、belovedには浅実の奴が多い」
「進学校の坊ちゃんなんざ、ってか」
「そういうことです。ですから、この時期は尚更荒れやすい」

 白はカレンダーを見る。

「受験シーズンか」
「三年は言わずもがな、一年でも学力テストありますし。浅実は点さえ採ればっていうところがありますが、逆に言えば点が採れなきゃ余裕で切り捨てますから。いや、そうでなくても切り捨ててるか。特進だけが大事ですからね。結構カリカリきてる奴らがもういますよ」
「爆発して受験そのものがおじゃんになるお茶の間劇場なら観たいわ」

 不良にも同校生徒にも睨まれ、そこまでして不良でいる必要があるのか、と白は問わない。
 完全に踏み外すことは簡単だ。世間から見れば既にそうかもしれないが、進学校に通っているというのは、それだけで随分と目こぼしされる部分がある。
 たとえば「社会のクズ」と罵られたとき、罵った相手が学力に劣っていれば「クズ以下のお前はなに?」という話になる。
 たとえば紹介のとき、不良で普段から誰彼を殴って云々とは言わないだろう。仄めかすとしても「やんちゃなところはありますが」程度だろう。そこに進学校という優位性を付属すれば、印象はそちらが強く残る。
 踏み外すつもりならば、進学校生徒という肩書きは要らない。
 ならば、踏み止まるつもりなのだろう。世間から隔絶されないために。
 繰り返すが、そこまでして不良でいる必要があるのか、と白は問わない。
 問わないだけだが、belovedの中に帰る場所がないメンバーがいることを、白とて知っている。

「だからどうしたとぼくは言いましたまる」
「え、あ、まあ、ですから今がチャンスと狙う輩が多い時期なので……」
「ああ、いや違う。少し考え事をしていただけだ。
 ふんふん、受験シーズンにより受験生が活発化して不良警報が発令されているんだな。白、納得」

 いまいち分かってるんだか分かってないだか分からない白の口調に苦笑いして、隼はじゃくり、とフレトーサンドへフォークを突き立てる。チーズとベーコンの塩気がフレンチトーストで柔らかく包み込まれ、とても美味しい。

「千鳥も最近ゴキゲンですよ」
「ああ、やたらと絡まれてたな。なんか頭良さそうなのに」
「あいつ、特進差し置いて学年次席なんで」
「ふむ、頭がよくて社交的なイケメンか。益々顔面の皮を剥がしたくなるな。あいつの顔面をきれいに剥がした皮をイケメンマスクとして売り出せないものだろうか。俺、イケメン減って懐暖かくなってうれしい。買った奴、イケメンになってうれしい。千鳥、絡まれることもなくなってうれしい。万々歳じゃないか?」
「千鳥にとってのリスクとリターンが破綻しているように思えますが」
「そうかな」

 白は首を捻る。

「しかし、絡むほうも勇気あるな。俺だったら不良に話しかけるなんてとてもできないぞ」

 投げっぱなしの球に目もくれず、白は言葉によるキャッチボールに勤しむ。

「後半はコメントを控えますが、前半はそうですね、絡んでる筆頭の親が警察関係だからでしょう」
「不思議だな。まともに会ったことも話したこともないのに、そいつのことが嫌いになった。とっても不思議だな。
 とりあえず、あだ名は税金泥棒にして『おはよう』の代わりに『血税幾ら使った?』にすればいい?」

 帰る途中もお巡りさんにパン屋の紙袋をチェックされる羽目になった白は、昼食をSNSに上げるついでに苦情のメールをいれるつもり満々だ。
 幼気な青少年をいじめるお巡りさんには、大義名分さえあればどんなささやかなことでも見逃したくない白である。私怨を晴らしているだけであって、白はクレーマー気質ではない。

(白い髪にサングラスとこんなにも特徴的な人間なのに、どうして懲りずに毎回職質するんだろう。ホワイトリストに載せておきなさいよ)

 何回職質しても足りないくらい、イケナイ雰囲気を放っているからである。真面目な日本警察は、昨日も一昨日も大丈夫だったから今日も大丈夫などという日和見主義を捨てて職質に挑んでいる。

「ひょっとしたら、総長もそいつと話す機会があるかもしれませんよ」
「カツ丼を進められても俺は食わないぞ。あれ被疑者の自腹なんだ」

 隼はなにかを、具体的には会話のキャッチボールを諦めて、フレトーサンドを食べることに集中した。
 賑やかな食卓もいいが、静かな食事風景もときには素敵である。

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