小説
大好きなあなたのために
・リコール会長とその保護者
・特殊なリクだったので、なにかあれば下げます



 市成はテレビゲームをプレイする際は、ほぼ必ず制限をつける。カードゲーム、大富豪では階段縛りなど大好きだ。
 逆境や不遇が好きなわけではない。ただ、難しい局面を高らかに笑って闊歩、踏破することが大好きなのだ。
 ただ、あくまでもそれは手段であって、目的ではないのだけれど。



「じゃ、いままでお疲れさん」

 至極どうでもよさそうに、生徒会顧問は市成を形ばかり労った。
 市成の在籍している学園は少々特殊で、生徒会が担うべき事柄や、権限が多い。
 つまりは、生徒会がしっかり機能していなければ学園の行事や部活、委員会の予算運営などに影響があるのだが、その人選はどうにも能力よりも容姿を重視してしまう傾向がある。というのも、生徒会選出が選挙管理委員会ではなく、一般生徒の人気投票によるものだからだろう。
 あのひと格好いいな。あのひと運動できてすごいな。
 そんな憧れによる人気が投票に直結して、生徒会はできあがってしまった。
 当然、あのひと勉強できてすごいな、という人物もいるのだが、市成は一味違った。
 あのひと格好いいな。あのひと運動できてすごいな。あのひと勉強できてすごいな。あのひとリーダーシップあってすごいな。あのひと雰囲気盛り上げられてすごいな。あのひとなんでもできるのに自慢もしなくて格好いいな。
 市成のスペックは、抜きん出て高かった。
 故に、たとえ市成以外の生徒会役員が容姿に優れて、他人と遊ぶことだけが得意な事務に向かない者たちだけでも、学園に問題はなかったのだ。
 しかし、穏やかな天気も、突如嵐に見舞われる。
 やってきたのは一人の転入生。

「容姿で差別なんてだめだ!」

 もじゃりとした鬘を被り、特注で誂えなければ今時売っていないであろう瓶底眼鏡を装着した転入生の素晴らしい言葉に、市成以外の役員がひれ伏した。
 市成はその様を見て思ったものだ。

(それ、おまえ自身の容姿に文句いわれないための言い訳? あとお前ら、所詮は顔だけっていうコンプレックス隠したいだけだろ)

 思いはしたが、市成は口に出さなかった。縛りプレイは好きだが、なんの達成感も利益も得られない面倒ごとに手を出すのは時間の無駄だからだ。
 転入生に跪いた役員たちは、出来はともかくやっていた仕事を放棄した。元々「友達」と遊びたい盛りの少年達である。当然、しわ寄せはどんなに果敢にアタックされても牛に突進される熟練の闘牛士が如く鮮やかに交わしている市成に向かうのだが、市成は「時間制限と体力制限、仲間とアイテムの使用不可、最高の縛りプレイじゃねえか」とむしろ涎をじゅるり、と拭った。
 スペック的に言えば、レベルをカンストしている市成である。生徒会の仕事を一身に引き受けようとも、多少肩こりと腱鞘炎に気をつけるくらいでまったく問題はなかった。
 終ればすぐに教室から出て行くものの、授業にも出る。効率を落とさないために睡眠時間はしっかりとる。自炊したいところだがその時間は別に回したいので食堂を使う。
 いつも通り過ぎるほどいつも通り、むしろ高い壁にテンションが上がっていた市成は必要以上に気張っていたので、余裕すら伺えたのかもしれない。
 それがまさか、他の役員に仕事を押し付けている、と思われるとは、さすがの市成も予想外だったのだが。
 役員は転入生と遊んでいるので授業に出ないのだが、これは授業に出る暇もないくらい忙しいと解釈された。役員は全力で転入生と遊び呆けるので、よく「あー、疲れたー」などと言っている。これは役員が激務に疲労していると解釈された。役員は特権のルームサービスを使っている。これは役員が食事を摂る暇もないくらい忙しいと解釈された。
 つまりは「他の役員は忙しそうなのに、どうして会長は元気なの?」から始まり「会長が元気なのは、自分はさぼって他の役員に仕事を押し付けているからだ」という結論に達したらしい。

「推測や憶測が事実に変わるのが噂の怖いところですね。こういった噂は出た端から潰してくれるような友人を作っておくと楽だと思います。僕の友達は率先して情報を仕入れてくれるのですが、それを面白おかしく本人に伝えることはあっても訂正はしないあんちくしょうです。これからはそっち方面で動いてくれる友人もつくろうと思います。あ、もし先生に酷いことを言うひとがいたら、僕がしっかりと言い聞かせるので安心してください」

 生徒達の白い目に気付きながら弁明もしない市成は、毎週欠かさず送っている保護者への手紙にそう添えた。
 先生というのは、市成が尊敬して止まない大好きな保護者である。法律の穴という穴を知り尽くし、利用し尽くす弁護士で、穏やかな笑顔が春の日差しを思わせる紳士だ。事務所が大変繁盛している。ちなみに手紙は週一だが、メールは毎時間である。
 市成の筆まめさは、幼少期に引き取られたばかりの頃、少しでも心を通わそう、双方歩み寄ろう、という保護者の提案で「あったこと報告」という習慣が続いているせいだ。
 今日はこんなことがありました。こんなひとに会いました。
 そんな市成の報告を保護者は微笑ましそうに聞いているのだが、市成がお年寄りの荷物を持ったとか、落し物を届けたなどの報告をすれば、髪をくしゃくしゃに撫でてから抱き上げ、その場でくるくると回って褒めてくれた。
 保護者に褒めてもらうのが大好きだった市成は、高校受験のときに一計を巡らせる。
 保護者の傍を離れるのは腸が引き千切れるような思いだが、離れたところでがんばっているところを見せれば、戻ったときに目一杯褒めてもらえるのではないだろうか、と。
 たとえば、くるくるターンが三回から五回になったり、おやつのクッキーが態々かわいく型抜きされていたり、一緒にお風呂に入ったり、一緒の布団で寝たり。成長してからは回数が減ってしまったそれらが、一気に叶えられるのではないだろうか。
 市成の決断は早かった。外部入学の狭き門をくぐり、偏差値、名声ともに高い学園に入学を果たした際、保護者は同業者の幼馴染から1985年もののロマネコンティを合法的に強奪し、市成と乾杯した。未成年飲酒に関しては「これは般若湯ですよ」と人差し指を赤い唇にそっとたてて秘密めかした。
 そんなほかの受験者からすれば「ざけんな」と襲撃されそうな理由で入学した学園なので、市成としては未練らしい未練などない。保護者には正直に報告しているので「頑張り屋さんなのは分かっているけれど、見合わない努力はほどほどになさい」と遠回しな「戻っておいで」という返事がきている。
 だから、いつ自分達の痛いところを暴露されるか恐れた役員と、いつまでも自分に靡かない市成に悪意を抱いた転入生が噂に乗じて市成をリコールしても、学園祭で喫茶店をやっていたクラスで皿が割れたのも、体育祭でリレー選手が転んだのも、あれもこれも市成のせい、ととんでもないいちゃもんつけたとしても、転入先は保護者の母校に決まっていることだし、反論、抵抗せず、市成が学園を出て行くことに躊躇はないのだ。学園は全寮制だが、次の学校は通学制。約二年の間、滅多に会えなかった保護者とは毎日会える。それだけで市成の顔は晴れやかだ。

「あ、市成! お前学園をめちゃくちゃにしたのに謝りもしないで出て行くなんて最低だっ」

 職員室での挨拶も済ませ、とっくに荷物は配達済みで身軽な市成が校門へ向かっていれば、転入生の罵声が背中に投げつけられた。
 振り返った先には、転入生と役員達が市成を見ている。さらに後ろへ目を向ければ一般生徒もちらほらといるようだ。

「んー、謝ってもいいけど」
「なら早く謝れよ!」

 小首を傾げながら呟いた市成に、役員達が驚いた顔をする。誰よりも自身の怠慢と、市成に非がないことを知っているのは彼ら自身だ。

「学園の水準あげまくってた俺がいなくなれば、当然水準は落ちるわけで、お前らが普通を維持した程度じゃ絶対に不満が上がるだろうな。ごめんな? 有能過ぎて!」

 一般生徒に紛れて腹を抱える友人と、絶句した役員たちに手を振り、歩き出そうとした市成だが「あ」と声を上げて立ち止まる。

「なあ、転入生!」
「遥だってば!!」
「ははは。呪いのアイテムみたいなお前のおかげで、退屈してた学園生活の難易度上がって楽しかったよ。そのせいで学園の質が落ちたのは残念だったけどな。まあ、俺は降りたわけだから、あとはお前らが続き頑張れよ!」

 訳が分からないと喚く転入生に今度は振り返らず、市成は優雅に歩く。まるで王の凱旋が如く堂々と余裕をもった歩みは、校門のそばに人影を見つけて、頑是無いこどもの駆け足へ変わった。

「先生!」

 身長百八十センチの高校生男子に飛びつかれても、かの保護者はあっさりと抱きとめてみせた。細身に見えるが、仕立ての良いスーツの下は実用的な筋肉がしなやかについているのだ。

「うふふ! お帰りなさい、いっくん!!」
「ただいま、先生!」

 狐を思わせる美貌は、市成に向けられる笑顔のおかげで冷たいところなどちっともない。どころか、市成のわきの下に手を入れてくるくる回りだす姿に、市成に対する愛情以外などどこにも見えない。
 市成が待ち望んだ保護者との触れあいは、保護者にアシにされた彼の幼馴染がクラクションを鳴らすまで続いた。



 最近手元に戻ってきた溺愛する養い子にご褒美の型抜きクッキーを作る傍ら、弁護士の葉月はあちこちに電話をかけていた。

「はい、学園における体制に問題が……はい、理事や教師へ賄賂という話も……はい、はい、いえいえ、私はまだまだ若輩者で、先生のお力がなければ……ははは、はい、では、よろしくお願い致します」

 肩で挟んでいた携帯電話を洗った手で切って、葉月はにっこりと微笑む。麗しい笑顔はしかし、一計を案じる狐そのものだった。

 某日、市成の通っていた学園が、問題のある教育現場として新聞の一面を飾り、有名校の汚点に世間は大きく賑わった。


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あきゅろす。
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