小説
四話



 何事もなかったかのような顔で戻ってきた隼と千鳥は、げらげらと白やbelovedメンバーと談笑してHortensiaでの時間を過ごした。
 その様子に拓馬たちはほっとしていたのだが、白がそろそろ帰ると言って席を立ったとき、隼が「一緒に帰りません?」とにこにこした顔で持ちかけたので、白は「うーわ、めんどくせ」と内心で思った。
 千鳥はともかく、隼はいつもより酒量が多く、どこか幼さの窺える笑顔は赤く染まっていたのだ。
 白は潔く「Niet!」と返そうとしたのだが、それよりも早く千鳥が「あーあ、お前酔ってんじゃん。総長よろしくー」と白に隼を押し付けた。

「おい、ふざけんな」
「だって、下手したらこいつ倒れるよ? 俺じゃこいつのこと運べないし、拓馬だって一緒に道路で寝転がるのが落ちだよ」

 白が閉口してる間にも酒が回ったのか、隼がもたれるように白の腕を掴み、なし崩しに白は隼を持ち帰る羽目になった。どうせお持ち帰りするなら美人の女王様がよかった。朝食までばっちり用意して顔を顰められたらきっと良い一日になるだろう。
 現実は無情で、白のそばにいるのは百八十センチを超える酒気帯び青年だ。
 自宅を訊き忘れたと気づいたのはHortensiaの狭い階段を降りてからで、今更上るのも億劫であり、まして酔っ払いから苦労して訊きだして慣れない道を行くのも面倒だった。
 仕方なしに自分のマンションへ向かえば、なにが嬉しいのかにこにこ笑う隼がまとわりついて歩き難い。白の選択肢に隼を道路へ転がすというものが浮上し始める。

「絶対に職質受けるんだろうな」
「どうしたんですか、そうちょーう」

 間延びした話し方になった隼は、白の片腕を掴んでぶんぶんと振り回している。ろくな酔い方ではないと白は眉をほんのりと揺らした。まばたきで表情筋が動いた程度の変化でも、傍目には大層物騒な雰囲気になるのだから無表情ながら分かりやすい青年である。

「総長の指は長いですねえ」
「手のひらと手のひらを合わせるとか、お前さんどこの肉食系女子だよ。鉄板なことやってるんじゃないよ」
「あの手の女鬱陶しいですよね。気安く触んなっつの」
「ははは、喧嘩売ってるのか」

 白は肉食系女子にさえそっと距離をとられてきた記憶しかない。気安く触っていいのよ、と自己申告しても返事はいいえお構いなくというものだ。
 なにが楽しいのか、けらけら笑う隼に「憎たらしいったらねえな」と舌を打ちながら、白は結局道路に彼を捨てることなくマンションへと放り込む。
 ぐったりと倒れこむ隼は動けないのか動く気がないのか、ふにゃふにゃと笑いながら白を見上げてくる。

「総長」
「はいはい、総長ですよ。とりあえず上着脱げ。明日休日でよかったな、二日酔い確定だろ、これ」
「酒のんでも、二時間以上間を空けてから寝れば、二日酔いにはなりませんよ」
「そんだけぐだぐだになってりゃ、起きてる間にアルコール分解が辛いだろうな。アルコールに対して、摂取した水の量足りてないでしょ。いまシャワー浴びれないだろうから、明日浴びなさいな」
「着替えがないです」
「貸せばいいんでしょうがっ。ああもう、水持ってきてやるからとっとと楽な格好になって転がってろ。吐いたらスカトロOKのプラカードかけて叩き出すからなっ」

 酔っ払いの相手は面倒臭い。酔っ払っているというだけで面倒臭い。
 白はがしがしと白い髪をかき乱しながら、ミネラルウォーターを取りにいく。
 水分補給をするならばそこに砂糖と塩をいれたほうがいいのだが、酔っ払っているときに下手に癖のあるものを与えれば、そのまま食道から逆流するだろう。自宅でそれはご勘弁願いたかった。
 白はため息を吐きながら冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して、キャップを軽く開けて戻る。

「隼ちゃん、お水ですよ」

 隼はどうにか上着を脱いでいたが、暑かったのかもう一枚脱いで上はタンクトップ一枚であった。いくら室内とはいえ、暖房をつけたばかりでまだ部屋は寒い。このまま眠れば間違いなく風邪を引く。

「ははーん、俺に看病させる魂胆だな? その手にのるか馬鹿野郎」
「そうちょう、暑いです」
「今だけだよ。すぐ寒くなるよ。酒は体が熱くなるがじきに血液の循環が悪くなり体温が下がるからな。雪山で体を温めるために酒を呑むのは凍死率を著しく上げる行為だ。ついでに同じく熱くなるとセックスに勤しむ奴もいるが、これも今のお前同様暑くなって服脱いで、結局凍死する。これで放置したら俺が殺人に問われるのかねえ……問われるんだろうなあ」
「総長は雪山で修行したんですか」
「冬の山には入ったことがあるよ」
「……死にますよ」

 ぼそり、と低い声で隼が呟く。

「生きてるだろ」

 反して、白の声音は軽い。
 やれやれと首を振りながら、白は隼の頭のそばにペットボトルを置いて洗面所と寝室へ向かう。洗面所からは熱い湯で絞ったタオルを、寝室からは毛布を一枚持って戻る。

「顔なりなんなり拭けばさっぱりするから」
「ありがとうございます……」

 受け取ったタオルで酒に赤らんだ顔を拭った隼は、ほっと息を吐いた。
 覗く茶色の目が幾分ぱっちりとしながら見上げてきて、白は眉をほんのり持ち上げる。微表情よりも分かり難い。

「総長は俺にしてほしいことありませんか」
「なに、突然。今すぐ寝て欲しいわ」

 間髪を容れずに言うが、隼は首を振る。

「そうじゃないです」
「いや、そうだよ。俺は心底お前に寝て欲しいよ。具体的には転がったお前に毛布かけて寝室に引っ込みたいよ」
「俺は、総長がいいっていえば、磯谷の野郎や、総長のこと……」
「磯谷先生はいい先生でしょうよ」

 くしゃり、と隼の顔が歪む。

「すみません、ごめんなさい、総長。俺が総長の……」
「隼」

 白は隼の顔を殊更雑に拭い、頭をぐしゃぐしゃと撫でた。隼がくしゃみをした犬のような顔で目を瞑る。

「総長は、強いですね」

 白は目を細めた。

「隼」
「はい」
「寝ろ」
「……はい」

 頷いたまま、ごとん、と力の抜けた頭を床に置いて、白は隼の上に毛布をかけて立ち上がる。

「……シャワー浴びるか」

 寝ている人間がいようと、それが酔っ払い、ここが自身の部屋であるならば遠慮する余地などない、と白は着替えを引っさげて浴室に向かった。
 服を脱ぎながら洗面台の鏡に目をやれば、無表情の自分が写っていて、白は鏡の中の自分とじっと目を合わせた。

「――強い、ねえ?」

 呟いた声は鏡に映る白の唇とぴったりと一致して、語りかけているのか、語りかけられているのか、境界が曖昧になる。
 白は続けて口を開く。

「だから、なに?」

 鏡の中、白が白に問いかけた。

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