小説
三話



 断るときは断るとはいえ、隼の誘いが全戦全敗というわけではない。

「あ、総長きてるー」
「マジっすか!」

 途中で足にしたのか、千鳥が拓馬を伴いHortensiaへ顔を出し、ソファ席でルジェブルーベリースプリッツァーのグラスを悪の組織の親玉よろしく揺らめかせる白を見つけて抑揚高い声を出す。

「あれ、総長黒い。どしたの?」

 注文を拓馬に任せて向かいに座った千鳥は、白が銀のくもの巣型チャームがついた黒のタイトニットに、ナイトブルーのブーツカットジーンズという上下とも「白くない服装」であることに目をまたたかせた。
 白を見るとき、いつも白色が主につかわれていたのだが、どういう風の吹き回しだろうか、と首を傾げれば、どうということもない。白は脇に置いていた白いミリタリーコートを持ち上げる。

「やっぱり白いんだー」
「いざというとき便利だからな」
「ふうん、難儀だね」
「便利だって言ってんだろ」
「うんうん、大変だねえ」

 白が白色をまとう理由を、千鳥は言われずとも察していた。
 察するから、白に対して腹まで白いなんて有り得ないとばっさり言うのだ。白としてはとても心外である。

「ってか、そういう色だと総長細く見えるね」
「なんだってお前らは俺のボディに興味津々なんだよ」

「やだ、セクハラ」と白が無表情に自分を抱きしめたところで、店の奥でメンバーと話していた隼が戻ってくる。

「どうしたんですか?」
「千鳥ちゃんにセクハラされたの」
「そうですか。千鳥、飛ぶか?」

 手に持っているテキーラを「いかが?」と差し出すくらい軽く暴力を背負った提案をする隼に、千鳥は呆れた顔をする。

「お前、ほんと必死だねえ」

 一瞬、隼の目が殺気立った。
 気付いたのは向けられた千鳥と、知らぬ顔でグラスを傾ける白だけだろう。
 隼は肩をすくめて白の隣に座る。

「総長、明日のご予定は?」

 明日は土曜日である。

「え、なに、それを訊いてどうするつもりなの。というか、なんでお前ナチュラルに隣に座ってんの。狭いだろ、狭いっしょ」

 百九十センチ超えと百八十センチ超えが隣り合って座るなど、狭苦しいことこの上ない。向かいの千鳥も背が高いので、このテーブルだけ遠近感が狂って見える。
 白がずり、と横にずれるのだが、隼はその分をずい、と埋める。奇しくも白は一番端のテーブル席についていた。
 男にされて嬉しい行動ではない、と白は「おい、やめろ」と訴えるも、隼は「なにをですか?」とすっとぼけた返事をする。了承する気が欠片もないと見受ける。

「総長、明日のご予定は?」
「……Vetoだ。黙秘権も行使する」

 無論、白に予定らしい予定などない。精々、帰りに公園へ寄って植木に濡らしたタオルを複雑に引っ掛け、翌朝絶妙な具合に凍ったミイラ男を爆誕させて無邪気に公園へ訪れた親子連れの反応を覗おうかと思案していたくらいだ。
 しかし、これを言ったところで「つまり暇なんですね」と片付けられるのは目に見えているため、白は重々しい口調で黙秘することを宣言した。

「忙しいんですか?」

 時折表れるこの押しはなんなのだろうか、と白は悪徳セールスの営業に掴まった気分に陥る。つまりは「頷いた方がさっさと解放されるよな……」という諦観に浸り始めたのだ。
 隼と予定を合わせるくらい、なんだというのか。最悪、不良の総長になるくらいではないか。世間一般的に考えると大事であった。

「総長は隼に構ってる暇ないんだってー」

 ここで外野、千鳥が煽り始めた。

(お前はいじめっ子か。いい年してどういう神経だ恥を知れこの野郎)

 もちろん、いじめられているのは、巡り巡って隼からなんらかの精神圧力を受けるだろう白である。
 赤紫の液体をちびちびと飲みながら、白は千鳥に天罰が直撃するのを今か今かと待ちわびた。もちろん、天罰らしきものが下る様子は欠片もない。正月の初詣では初穂料を奮発してしっかりと納めたほうがいいかもしれない。
 一方、沈黙した隼は白から視線を外し、千鳥をじっと見つめていた。それはもう、熱烈に。結婚記念日に夫が愛人にブランドもののペアリングを買って店から出てくるのを目撃した妻が如く。

「わあ、怖い」

 千鳥がおどける。隼の神経を逆撫でする様子は、地雷原でこどもたちが目隠し鬼をしているようにも見える。
 いつの間にか、テーブルの傍からメンバーが離れていた。できれば白も席を立ちたかったのだが、道祖神が如く隼が隣に腰掛けているため、それも叶わない。

「……千鳥」
「なーに?」
「表出ろゴルァッ」

 テーブルを蹴倒す勢いで隼が立ち上がり、千鳥もまた嬉々とした顔で立ち上がる。

「あれあれやる気満々? 総長に負けてからひよったかと思ったけどそんなことないみたいねー」
「あ? 誰に向かって言ってんだ、実力差も忘れたテメエに言われたくねえよ。ひよったならひよったらしくピヨピヨ鳴いてろ、鳥野郎」

 千鳥の注文を届けるに届けられずおろおろしていた拓馬が、居心地悪そうにする日和をグラス片手に宥める。

「……お前ら、やるならおんも行きなさい」

 表に出ろといいながら、下手をすればこの場で取っ組み合いに発展しそうなふたりから視線を逸らし、白は犬にするように手を振って促した。

「ええ、総長の前で埃は立てません」
「戻ってきたら序列入れ替わってるかもね、そのときはよろしくー」

 隼と千鳥は白に笑いかけ、店を出た。
 物理的な圧迫感から解放されたはずなのだが、白の周囲から重苦しさは消えない。
 飲む人間が戻る頃には氷が溶けて薄くなっているだろうグラスを片手に、拓馬が恐る恐る近づいてくる。

「拓馬」
「はい……」
「be coolとビーグルって似てると思わんか」

 拓馬には「そうですね」としか言えなかった。

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