小説
MDF Another(後)
同窓会、久しぶりに会った懐かしい顔ぶれに、楽しかった青春の日々が蘇る。
疎遠となっていた友人との話しも盛り上がり、近況を伝え合っていると、同級生のひとりが「あ」と声を上げる。彼の視線の先を見れば、当時はまるでアイドルが如き扱いだった顔ぶれが並んでいて、そこだけモデル集団のようだった。
「中井」
元会長が僕に気付いて寄ってくるので、僕も友人に一言置いて彼らの方へ向かう。
「お元気でしたか? よくお名前を伺いますよ」
「あー……あれからさすがに色々叩きなおされたからな」
苦笑いする元会長の言葉に、僕は当時もっとも大きな出来事を思い出す。彼らは、あれから実家で盛大な躾けなおしがあったようで、休暇明けにごっそりと傲慢さが抜け落ちていたのが印象的だった。その躾けは成功したようで、彼らの名前は方々で聞く。
そこで、ふと思い出した。
「立川の名前も、聞くようになりましたね」
いなければ困る、潰れられた困る。そんな位置で巧妙に立ち回る立川は、大舞台に名前を連ねているわけではないものの、思いがけない場所で関わりを知って驚くことがある。
「顔を合わせたことはないが……あいつ、どうしてるんだかな」
「元気でやってますよ」
元会長が苦い顔で呟いた後ろで、低い男の声が応えた。
ばっと振り返った先には、シンプルな型だが上等なスーツを着た男がひとり、なんでもないような顔でマリネを食べていた。
「もしかして……」
「酒井大輝」
思わず息を飲む。
酒井が来ているなんて、想像もしていなかったのだ。
当時、立川の退学から以前にも増して、気配を潜めるようにしていた酒井は、僕たちとの接触を避け、会長たちが謝罪の場を設けようとするのを煩わしそうにしていた。
だから、今回は来ないだろうと思っていたのだが……。
「元気って……立川のこと、知ってるの?」
「当たり前だろ? ダチなんだから」
さも当然とばかりに返されて、僕は言葉を失う。
未だにふたりが繋がっていることに驚いたのはもちろんだが、立川に振り回されていたとして、同情の目があった酒井だけれど、彼が好んで立川のそばにいたとなれば、当時を知るものは敵意を抱くだろう。学園、こどもという庇護される立場のときならばまだしも、社会人、自分の足で立たなければならない現在でそれは、あまりにも致命的だ。
付き合いがあるのは、理解はできないが、いいとして、それをこの場で言い切るのは危険だった。
まして、立川が社会に食い込む形での立ち回りをしていると知っている人間の前で、酒井に負い目がある会長たちの前で言えばどうなるか。
警戒の色をした目の会長が口を開こうとしたとき、酒井の携帯電話が着信を告げる。
ほんの僅か聞こえてきた声が名乗った名前に、会長が酒井の腕を掴んでいた。
「酒井、立川が来てるのかっ?」
「ちょ、なに」
「会わせてくれっ」
なにを馬鹿な。
そう言えたらどれだけいいだろう。しかし、僕の喉は張り付いて一言も出せず、どういう心境か、立川は了承したらしい。
「……あんまり注目もされたくないんで」
酒井はため息をつきながら、エレベーターホールへ向かった。何人かがまとめて移動することで視線が集まったけれど、追いかける者もなく、エレベーターホールは静まり返る。
「あんたら、今更あいつに会ってどうすんだよ」
「それは……」
「勢いとノリかよ……くそくだらねえ」
酒井が吐き捨てるのを聞きながら、僕はエレベーターのランプを見ていた。間もなくこの階につくであろうエレベーターは、まるでカウントダウンのようだった。
流されるようについてきたが、僕は立川に会いたくない。
恨まれているだろうし、少なからず恨んでもいる。
トラブルなど起こしたくなかった。トラブルに巻き込まれたくなどなかった。
ほどなく、エレベーターがつく。
ドアの向こうに立っていた男は、気負ったところなどないように足をこちらへ踏み出した。かつん、という音がやけに響く。
「久しぶり」
立川雄太は、ひどくありきたりな挨拶をした。ありきたりだからこそ、当時の彼を知る僕達には衝撃で、まるで別人が目の前に立っているような錯覚に、会いたいと言った元会長は言葉もないように立ち尽くしている。
彼はいったい誰なのだろう。
ほんとうに、あの笑顔でひとを奈落に突き落としていた立川雄太なのだろうか。
不可解にすら思いながら唖然としていれば、立川は寄り添うように並んだ酒井の頭を抱えて、無邪気に笑ってみせる。
既視感。
耳に蘇るのは、声変わりも中途半端な声で叫ばれた、友達宣言。瞼の裏にくっきりと、立川の笑顔が浮かび、それはいまの立川と重なった。
呆ける僕に向き直った立川は、当時のように大きな声ではなく、年相応に落ち着いた声音で、落ち着いた動作で、僕に頭を下げた。
「見てみぬふりをしました。主観のみで行動し、たくさんのひとを傷つけました。
――申し訳、ありませんでした」
ぱちん、と頭の中ではじけるような音がした。
(立川、きみは……)
立川はそれだけを言いにきたとばかりに、留まっていたエレベーターに酒井と乗り込んだ。
「立川、待って……」
「さよなら」
決別を示すように、エレベーターのドアが閉まり、下降していく。
僕は伸ばした手を力なく下ろし、肺から空気を吐き出す。
「中井……」
「酒井は、立川の友人なんですね」
気遣わしげな顔の元会長に、僕は今更過ぎる事実を口に出す。
「そして、僕は彼の友人ではない」
立川が酒井に向ける笑顔は当時のままで、それは、つまりは――
「きみはただ、知らなかっただけなのか……」
言動に、行動に、悪意があったわけではなく、知らなかっただけ。罪になってしまうほど、彼は客観というものを知らなかった。そこに加わったのは、友達と楽しい時間を過ごしたいという利己で、最悪の相乗効果を出してしまった。
「きみは、ほんとうに僕を……」
当時の僕を、友達としてみていた。
いまは違う。
だから、別人に見えた彼の顔が、友人である酒井に向けられたとき、同じものに見えたのだ。僕も友人として、その顔を向けられていたから。
僕にとっては災厄だった。摘み取るべき、排除して然るべきものだった。
酒井にとっても、同じはずなのに、彼は身を守るばかりだった僕では得られないものを、とうとう勝ち得た。
僕は、酒井にはなにも残らないだろう、と憐憫すら抱いたというのに。
なんて、傲慢。なんて、見当違いの的外れ。
「やっぱり、僕には理解できないよ……」
友達だから。
それだけで待ち続けられた酒井と、そもそもそれを捨てた僕とでは、決して相容れないのだ。
何故だろう。
いまさらになって、そのことが酷くさびしいことに感じられ、僕は顔を泣き笑いに歪めた。
[*前へ][小説一覧][次へ#]
無料HPエムペ!