小説
十一話



 前々日からぐっすりと眠ってまたもやぐっすり眠る白は、夢の中で悪の怪人ケイサッツーに対して日頃の恨みをこれでもかと込めて晴らしてぼっこぼっこにした。
 容姿で判断するやつはこうだ、任意の聴取、同行にも関わらず断れば心象悪くなるので結局従わなければならない「任意」という建前などこうだ、しかしゴキブリが出たからといって呼び出されるひとには温かいお茶とお菓子を差し入れだ。
 夢のなかの動きが寝相で再現されたのか、ぼこぼこにされた時計を寝起きの半眼で確認した白はおもむろに引っつかんだ携帯電話で待ち合わせ時間まで一時間という非常な現実に直面し、慌てて家を飛び出した。
 どんなに望ましくない予定であろうとも、約束や了承した事柄に対しては律儀に守るのが白という青年だ。
 急いだせいで白いシャツにジーンズ、上から昨日と同じコートとてきとうな格好だが、シャツのボタンが二つほど開いていたり簡単に後ろへ流された髪が気だるげな雰囲気を醸し出し、なにをせずとも極道系の白であるからして昨日はさぞかしパーリナイな想像をかきたてる。
 現実はなんと非情なのだろうか。
 否、この格好で「だらしない」と唾棄されるよりも「やだ、破廉恥」と頬を染められる方向に向くのであれば、現実も捨てたものではないのかもしれない。
 待ち合わせ場所は白にとって汗一つかかずに全力疾走できる距離であったし、無足の法を使えば無駄な動きをしない分、消費される体力は最低限で済む。
 ただ、せっかくだらしなさを回避したにも関わらず、上体を動かさず滑るように移動する姿は少々気持ち悪く「なにあのヤクザきもい」とギャルやギャル男に携帯電話を向けられるのだが。
 腹いせに白は複数の携帯電話全てに撮影される瞬間ピースを向けた。どうせサングラスをしているのだ、肖像権もまともに理解しないくそったれがSNSに上げようと最低限の部分は守れる。見つけ次第吊るし上げるのは当然だが。

「俺を盗撮したかったら衛星でも持ってこい」

 もちろん比喩である。
 腕時計でなんとか待ち合わせ時刻の五分前につきそうだと確認すると、白は待ち合わせ場所の十五メートルほど前あたりで優雅に歩き始めた。
 急いで駆けつけたりなんてして「ごめん、待った?」「大丈夫だからそんなに急がなくてもよかったのに」という、浮かれたツガイ共のような会話を野郎と繰り広げるなど、白は断じてごめんだったのである。断じて、断じて!
 尤も、今日の待ち合わせ場所は駅の傍のショッピング通りの入り口付近なのでひとが多く、いかにも「え、急ぐとかやめてくださいよ。俺は余裕がある男なんです」と寝坊したことを感じさせないための演出をしなくても、既に待っていた隼には見えなかったようだ。
 若い女性から向けられる視線を一切無視する隼は、悠然と向かってくる白を見つけるや笑顔で手を振ってきた。

「総長ー!」
「おい、悪口やめろ」
「悪口って……ええと、じゃあ、つくもさん」

 往来で「総長」などと悪口以外のなにものでもない。
 白が無表情にぷんすかと抗議すれば、なにを思ったのか隼が頬を染めながら名前を呼んできた。そうだけど、そうじゃない。もどかしさに白は悶える。

(ああ、そうか……こいつ、名字知らねえんだっけ……)

 名前しか教えていないのだから、名前を呼ぶしかない。
 その名前すら、漢字を知らないのだ。
 難読漢字に分類される白の名前では、きっと思いつきもしないだろう。それとも、見た目から見事当ててみせるのだろうか。
 どちらでもいいが、白としては向こうが勝手に理解するまで伏せておきたい次第だ。これでも、まだ安穏とした引越し先での生活を諦めていない白である

「名前で呼ぶのは構わんがね、なんで頬を染めるんだ。気色悪い」
「つくもさんのほうがよっぽどストレートに悪口言いますよね。いいですけどね、そういうところも嫌いじゃないんで」

 隼の笑顔にちらちらと頬を紅潮させて視線と秋波を送っていた周囲の女性が、一斉にその場から立ち去っていく。
 隼が女性から遠巻きにされるのは大変面白愉快もっとやれという次第であるが、まさか自分も巻き込まれているんじゃないかと白は気が気でない。

「……おうちにかえりたくなってきた」
「え、家に行っていいんですか?」
「なにを聞いたらそうなるの? あ、いい。なんかろくでもない答えが返ってくる気がする。ご飯食べに行こうか」
「はい! すぐそこを曲がった先にある店なんすけど、いいっすか?」
「うん、いいよ。どこでもいいよ」

 自分の目から光を奪ったのではないかとばかりに曇りのない笑顔を浮かべる隼に、歩きながら白はサングラスを上げる振りをしてこみ上げるものを堪えた。
 隼はそんな白の少し後ろ、影を踏まないようについて歩き時折道を案内する。
 ちらり、と白が振り返れば、それだけできらきらと目を輝かせて頬を染める隼に、白は何も言えずに前へ向き直るしかできない。
 ため息は外へ吐き出されることなく、胃の腑へ重く落ちていった。

[*前へ][小説一覧][次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!