小説
十話



 隼との会話を適度に流しながら朝食を食べ終えた白は「じゃあ、俺これから用があるから」といかにも朝だけ時間がありましたという風を装い、席を立った。千鳥に「全然ヘーキ」と言っていた舌の根は乾いているつもりだ。
 千鳥はにこやかに「ごちそうさまー」と見送り、隼は少しだけ寂しげに「また明日」と言ったが、白としてはその「明日」を忘れてくれればいいのにと内心で舌打ちをしたくなる。
 お飾りでいれば呆れられて総長の座から降りることになればいいと思うも、前総長である隼があの状態では難しい。
 不良から距離を置くために引っ越したというのに、何故こうなってしまったのだろうか。二重の意味で以前よりも状況は厄介だ。
 もし、次に引っ越すことがあれば、その時は引越し先についてもう少しよく調べるべきだと白は留意する。
 それよりも、周囲の人間にもう少し興味や注意を向けるべきだろうか。
 引っ越しは殆ど白一人で采配し、書類などの必要事項についてのみ父親を経由したのだが、その書類を渡した時の様子は今思えば納得もできるものである。
 嘆息しても仕方がない。過ぎたことだ。これからどうなるかは知らないが、どうにかなればその時はその時というものだろう。

「さて、上手いことひとりなんだが、ぶっちゃけ暇なのよね……公園で水風船テロして遊ぼうかな」

 心機一転、白はろくでもない計画を立てる。
 こどもが真冬にやれば母親に「風邪ひくでしょ」と怒りの鉄拳を喰らうだろうが、白は現在地元を離れて一人暮らしの高校生。止める人間などいないのだ。
 今時コンビニやスーパーに水風船が置いてあるかわからないので、白は駄菓子屋を探しに歩きだす。
 コンビニやスーパーに水風船が置いてあるか否かより、駄菓子屋が存在しているか否かのほうが確率としては低いだろうが、白はいつだって夢と浪漫を忘れないのだ。
 駄菓子屋には水風船のみならずスーパーボールや水鉄砲、UFO鉄砲、時々爆竹なども置いてあり、クソガキにとっては武器屋にも等しい。武器のみならず駄菓子という麻薬や、くじという博打もあるあたり、駄菓子屋はクソガキ闇市場である。

(なんかノリで好きでもないアイドルのブロマイド集めちゃうんだよな……だぶると殺意湧くし)

 適当に集まったら、ネットオークションで売りさばくのが定石だ。
 白は駄菓子屋を探して歩きながら、段々と見たことのない風景が広がっていることに気付いた。
 幸いにも方向感覚には優れているので迷子ということはないが、ついつい後ろを確認してしまうのはご愛嬌。

(あそこを曲がってきたから……)
「誰かあああああっ、ひったくりよおおおお!!」

 道の確認をしていた白は、甲高い女の声に無表情下で心臓を吐き出しそうになりながら前方へ顔を戻した。
 すると、前方の辻を曲がってきたフルフェイスメットのライダー操るバイクが、白の方へ向かって走ってきた。その片手にはひったくったばかりと思われる女性もののハンドバックがかかっている。

「わあ」

 ライダーは白を避けるべくハンドルを切ろうとしたが、それより早く踏み込んだ白は迫るバイクと絶妙な距離をとりながら腕をのばし、なにを思ったか後ろへ振り向くように体を回転した。
 白の手にはしっかりとライダーの腕が掴まれている。
 バイクの走行方向と白の回転する動きに流されるように、ライダーはバイクから引き摺り下ろされる。白はさらに衝撃を流すためにもう一回転しながらライダーを振り回し、ライダーを地面に引き倒した。
 これら、全て一瞬のできごとである。
 ひったくるために減速していたところから加速し切らず、さらにカーブを曲がってきたなどの理由も重なったが故に為しえたのだが、白は無傷、ライダーは擦過傷や思わぬ事態への衝撃に唸っているだけで、重傷は運転手を失い塀に激突したバイクのみという奇跡が人為的に起こされた。

「っ誰か……えっ?」

 白がシステマ仕込みの拘束術で元ライダーを呻かせていると、息を切らしながら女性が走ってきた。彼女がひったくりの被害者だろう。
 女性は白の姿にびくっと震えたが、白がひったくり犯を拘束しているのを見ると目を大きく見開きながら、恐る恐る近づいてきた。

「いい天気ですね、お嬢さん。悲鳴が聞こえたので、微力ながらお手伝いをさせていただきました」

 白がひったくり犯を拘束しながらなので片手だが、それでも恭しくハンドバッグを差し出せば、特異な外見の大男に「お嬢さん」と呼ばれて硬直していた女性は我に返り、安心したように顔をほっとさせた。
 くるくると巻いた髪を揺らしながら女性は白からハンドバッグを受け取り、視線を合わせるようにその傍にしゃがみこんだ。

「ありがとうございます! さっき、そこでいきなりひったくられて……」
「なるほど、それは災難でしたね……お怪我はありませんか?」
「大丈夫です、手だけは死守しましたから」
「手?」

 白が女性の手に視線を落とせば、死守した、という言葉から想像するようななめらかな肌はなく、どちらかといえば男の白から見てもかさかさと荒れていた。
 女性は恥ずかしそうに手をさすり「美容師なんです」と言う。なるほど、商売道具ならば死守しなければなるまい、と白は頷く。

「そうですか、こんな状況でも一生懸命になれるなんてすごいな……
 あ、ぼくは最近こっちに越してきたので、まだ美容院とか詳しくないんです……よろしければ良いお店教えていただけませんか?」
「ふふ、ありがとうございます。私が手伝ってる……実家なんですが、身内贔屓なしで腕いいですよ?」
「それは素敵だ。是非紹介してください」

 恩人ということや、ひったくり被害という非日常から脱したばかりというのもあるだろう。女性がこんなに好意的に接してきてくれる稀な機会に、白は内心ガッツポーズをとるが紳士的な振る舞いや表情は崩さない。崩れるほど表情に変化はないのだが。つまり、無表情である。
 ただ、ひったくり犯の関節を拘束する手に力が入ってしまったらしく、ひったくり犯は悲痛なうめき声を上げた。

「あ、警察っ」

 呻き声を聞いた女性ははっとして手元に戻ってきたハンドバッグから携帯電話を取り出し、通報を始める。
 当然ながら女性との会話が終了した白は、舌打ちを堪えて拘束の仕方を変える。
 少し抑え方を変えれば、それだけで拘束される側に与えられる苦痛の度合いも変わるのだ。
 突然呻き声を増したひったくり犯に女性が警察に事情を説明しながら視線を向けるが、白が電話を邪魔しないように小声で「逃げようとしても無駄だ」といえば、逃走しようともがいただけと判断された。隠れて暴力なんて最低である。
 白としてはひったくり犯を警察に引き渡したあとは女性と連絡先を交換したりなど夢を見たのだが、女性とのいい雰囲気はやってきた警察に加害者と間違われたり事情聴取などをされている間にうやむやになり、名前だけをかろうじて知っただけでお互い別々に帰宅することになってしまった。
 後日お礼に云々と言っていたが、その頃には冷静になって白に対して心の距離ができている可能性も零じゃない。白は「警察絶対に許さない」という私怨のもと嫌みったらしい苦情を長文メールに認め、後日、警察庁のほうに送信した。

「小早川日名子さん、お友達になってくれねえかなあ」

 まともな男友達ひとりいなかったくせに、いきなり美容師の女性と親しくなろうなどと片腹痛いことを夢想するが、現実では警察とのしつこい面談で一日を充実させ、明日は不良と仲良くお食事会である。
 夢ぐらい見ても罰は当たらないのかもしれない。

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