小説
九話



 当初の目的が千鳥と出会ったことで吹き飛んだ白は、千鳥にやたらと身体能力を見せることを求められるのを猫の子を追い払うようにあしらう。

「総長冷たーい」
「この季節に朝っぱらから外出てホットなわけねえだろう」
「そういうことじゃないよ。あ、でも」

 思いついたような千鳥に手を取られ、白は口を僅かに曲げる。男に手を取られて喜ぶ趣味はないのだ。それがどんなに容姿に優れていようとも。むしろ、そのほうが腹立たしい。

「手が冷たいひとって心が温かいんだよ?」

 緩く手を握り締めながら、千鳥が小首を傾げる。白の口がもう少しだけ曲がった。それでも無表情自体に然程の影響はなく、顔面のデッサンがありふれた範囲で少し狂っているように見えるだけだ。元々の目鼻唇の配置は恐怖に目を逸らさなければ、とても精緻に整っている白であるが、怖いものは怖いのでどうしようもない。

「可愛子振るのをやめろ」
「俺、可愛い系っていうよりきれい系だけど」
「そうか、ちょっと改造してやろうか?」
「やーだー」

 イラッとしながら白は千鳥の手を払う。
 千鳥は面白そうな顔をしている。
 性格の悪い知人がそれなりにいる白であるが、引越し先でも早速その手の人種と接点を持ってしまったことがちょっぴり悲しい。

「どうせなら女王様系美人と仲良くなりたい」
「え、そういう趣味があるの?」
「ひんやりした目で見られるとドキドキするんだ」
「うわ……」

 千鳥が数歩白から離れる。
「お子様には理解のできん趣味だったな」と肩を上下させる白は、ちっともこたえていない。
 ありったけの嫌悪を目に乗せても、醜悪さよりうつくしさ際立つ顔が歪む様は味わい深いものがあるのだ。すごく笑える。
 ただ、思い浮かぶ人物には既に洒落にならないほど嫌われており、流石の白であっても自覚有りの気違いが自ら理性を投げ出して、真っ直ぐ一直線に向かってこられると困ってしまう。
 心なしか上機嫌な白に「悪趣味」と断じて、千鳥は肩を落とす。

「そういえば、こんな時間に出歩いてて仕事とか平気なの?」

 白は未だに己が社会人である可能性を以って見られていることに、肌年齢やら血管年齢やらを巡らせる。どれもピッチピチの鮮度を誇っているはずなのだが、皮一枚の造作で現在までどれほど苦労してきたことだろう。

「全然ヘーキ」
「なんで微妙に早口なの」
「そんなことないもん」
「もんって……」

 百九十センチを超える表情なマフィアフェイスの男の口調としては、気色悪いを通り越して恐怖である。

「白はなんにも疚しいことないよ」
「その発言自体がめっちゃ怪しいけど、うん、追求しないから口調やめて」
「我侭な野郎だ」
「殴っても当たらないだろうから、帰り道に鳥の糞でも落とされて」
「酷い陰湿さだ。これが虐めか」

 白は両手で顔を覆って「さめさめざめざめ」と呟いたあと、指を広げて隙間からチラッと千鳥を見る。
 心底イラッとした顔をされたが、そんな顔すらも甘く整った女性大人気の一品だったので、白のほうが千鳥よりもイラッとした。ひとはこれを理不尽という。

「はあ……お前さんの顔見ててもちっとも楽しくない。そろそろ帰ろ」
「大概失礼だよねー。そういえば、総長ってどの辺りに済んでるの?」
「お? さり気なく白くんの瑞々しき私生活にストーキングで忍び寄るつもりか?」
「名誉毀損で訴えるよ」

 白は両手を千鳥の前に突き出す。

「まあ待て。それはよくない」

 白はお巡りさんの類が大嫌いである。
 こんなご面相と雰囲気を放っているものだから、何気なく街を歩いているだけでお巡りさんたちの職業意識を駆り立ててしまう罪深さなのである。清廉潔白の身の上であるはずなのに。

「ご飯奢ってあげるから、大人しくしててね」
「なに奢ってくれるって?」
「朝食抜いてるのよね。お勧めの店ってある?」
「Hortensiaでいいじゃん」

 んー、と白は唸った。
 何故、自分から自分を祭り上げた集団の巣窟に飛び込んでいかなくてはならないのか。冗談ではない。
 千鳥は白の葛藤や悪あがきを承知しているのか、腕を組みながら「いまの時間ならそこまでひと多くないよ」と教えてくれた。
 白は唸り、悩み、腹の虫で相撲を競わせ、勝った腹の虫が「とっとと飯よこせ!」と真面目に悩むことすら許してくれなかったので、こっくりと頷いた。
 千鳥と並んで向かうHortensiaへの道中、白は幾らひとが少ないからといって誰も――belovedの関係が誰もいないということはないだろう、と考える。
 案の定、その考えは正解であったのだ。
 ただし、幾ら白であっても、まだまだ朝っぱらと表現できそうな時間から前総長である隼がいるとは思わなかった。
 一瞬、千鳥に図られたかと思ったが彼にとっても予想外であったらしく、目を丸くしたあとに呆れきった表情でため息を吐いた。
 カウンター席に腰掛けていた隼は、千鳥の様子など視界にも入っていないとばかりに白へ笑みを向けながらスツールを飛び降りて駆け寄ってきた。

「総長! いらっしゃるなら連絡くださればよかったのに!」

 ぴかぴかとした笑顔に曖昧な返事をしながら、白もまたカウンター席のスツールへ腰掛ける。
 当然のように隣へ腰掛ける隼に、思わず白は縋るような視線をカウンターの奥へ向けた。

「ご注文は決まったかしら?」
「……朝食セットで」

 全く意を汲んでもらえなかった白はしょんぼりしながら浅木に注文して、千鳥が遠慮のない注文を美園にするのをぎり、と歯を軋ませつつ聞いていた。

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あきゅろす。
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