小説
二話



 白い服ばかりしまわれたクローゼットから取り出したのだから当然と言えば当然なのだが、白の装いは白かった。
 インナーと小物が白くないが、全体的な印象は白いままで、それを纏うのが百九十センチを超える白髪のサングラスをかけた男なのだから人目を惹かないわけがない。
 ただし、惹いた視線は直後に逸らされる。
 ミリタリージャケットに重厚感のあるブーツ、一眼タイプのサングラスをかけながら歩く白は威圧感の塊だった。むしろ、威圧感がひとの形をとったら織部白になったことだろう。それくらい、白は周囲に圧力を放っている。
 白が自然体で歩いていると大抵は周囲にこういった影響を及ぼすのだが、だからといって白は肩をすぼめて道の隅っこをとぼとぼ歩くような真似をしない。
 白は別にお天道様の下を歩けないようなことはしていないのだ。持って生まれたものに対して勝手な怯えを見せる周囲に、何故へいこらと頭を下げて生きていかなければならないのか。面倒臭い。
 その生き様に苦言を呈する輩や親切面して「せめて溶けこむ努力くらいは」などと言い出すものは、白が丸襟Tシャツにハーフパンツ、白いハイソックスを履いてイタリアのバールにでも赴けば人びとに歓迎されるとでも思っているのか。ファッションセンスに富んだイタリア人を苛立たせる観光人衣装を纏ったとしても、それが白であれば如何にイタリア人であってもあからさまな反応をとった場合の結果が恐ろしくて、そっと目線を逸らすことしかできないだろうに。もちろん「あんたさいっこうにイカれてるよ!」などと言ってエスプレッソを奢ってくれる陽気なイタリア人は現れない。
 人間、自然体が一番。
 悟りを開いたような気持ちで待ち合わせの場所へ向かっていた白は、直後に両の眼までをも見開いた。
 ちょっとしたドーナツホール描くのは、白の周囲ではとんと見かけぬうら若き女性。系統も様々で、少し離れた位置で頬を染めるのは清楚な大学生だし、中央にがんがん寄っていくのは白とも年齢の近いだろうメイクのばっちりキマったギャル、自分に似合うものを知っている大人のお姉さまやパンクファッションに身を包んだ攻撃的な女性もおり、しかしながら彼女たちの中心にいるのは同性ではない。
 いや、同性である。
 白と、同性である。

「……はっはー、俺のお目々は光には少しばかり弱いが、視力そのものは中々優秀だと思っていたんだが気のせいだったかもしれないなー。はっはっは、いやいやいや、見間違いよ、幻覚だよ、ありえない」

 立ち止まり、軽く俯いて頭を振る白は頑なに現実を認めたくなかった。
 でかい野郎が突然立ち止まればそれなりに迷惑被る通行人たちであるが、誰も文句の言葉ひとつ言えないという悲劇的な空間が気づかれて数秒、「あ」と声が上がる。
 白の肩がぴく、と跳ねた。

「つくもさん!」
(おい、つくもさん、呼ばれてんぞ……)

 逃避気味に思うも、声とともに近づいてくる足音は白を目指し、白の前で立ち止まる。
 ゆらり、顔を上げた白の死んだ魚に似た目は赤い色合いに髪を染めた体格のいい青年、隼を捉えた。

「こんにちは、昨夜はどうも」

 輝く笑顔の隼。その背後へと視線をずらせば名残惜しそうに、あるいは邪魔されたと不満そうに視線を向けていた女性群が一斉に顔を引き攣らせて散っていく。
 白は視線を隼に戻した。
 女性のみで形成された人の輪の中心で「お前らになんざ興味はねえ、失せろ」と言わんばかりの態度でいた隼は、無愛想やら孤高やらなにそれ美味しいのと言わんばかりの笑顔と好意を白へガンガンぶつけている。痛い。

「やあ、昨夜ぶりだね。よく眠れたかい? 眠れなかったっていうなら俺がよく、よおく眠れるように手伝ってやろうじゃないか。ああ、丹念にな……」
「……あの、えらい機嫌悪そうなんですが」

 白は隼を鼻で笑う。表情筋は職場放棄している。

「まんまと望まぬ不良になんぞ担ぎ上げられた俺が首謀者とその一味に会いに行くとなってきゃっきゃうふふとはしゃぎながら頬染めてステップ踏むと思っているならお前はこの季節に耳鼻科へかかろうと額へ聴診器あてられるだろうよ」

 嫌味たっぷりの白からそっと視線を外した隼は「ですよねー」と呟き、一拍。再び笑顔になると「じゃ、行きましょうか!」と雰囲気も話も切り替えた。
 自身の上へ暗雲立ち込めそうな気配察するなり素早く身を翻す立ち回り方は見習いたいものがある。
 白もまたため息ひとつで意識を切り替えると、そっと窺ってくる隼の隣に並んで歩き出して道を覚えるために視線を巡らせた。

「近いの?」
「ここからだと十分はかかりませんね」
「へえ」
「Hortensiaっていう店で、名前の通り紫陽花が目印です。まあ、咲いてない紫陽花分からなきゃ話にならないし、紫陽花あるところがちょっと見つけ難いんだよな……」

 最後のほうは苦笑気味の独り言。
 きっと、隼はHortensiaという店が、その空間が内包する世界が好きなのだろう。
 じっと横顔を見つめる白に気付いたか、前を向いていた隼がぱっと振り返って「なにかありました?」と僅かに見上げてきた。

「いや、なにもないよ」

 振り返った拍子に隼の頬へかかった髪を払ってやり、白は前方へと視線を向ける。
 引っ越したばかりでろくに周辺のことを知らないのだから当然であるが、見慣れぬ風景ばかりだ。

「この辺りの道も覚えないとねえ」
「やっぱりこちらへは最近?」
「うん」
「だったら、俺が色々案内しますよ!」

 俄然張り切りだす隼はまるで散歩の時間にリードを加えて持ってくる犬である。
 白は引き攣っても引き攣らぬ口元を動かして「インドア派なんで」と連れ回しを回避しようと足掻いた。

「あれだけ動き回れるひとにインドア派って言われるのは……」
「できるようになる必要があれば、人間動物なんでもできるようになるよ。進歩ってそういうもんだろ」
「進歩はそうですけどね? はあ……つくもさんなら壁を走ったとしても驚きませんよ」
「壁なんて走れんよ。三角飛びで登るので精一杯だ」

 なんてことのないように言った白に、壁を走れたとしても驚かないと言っていた隼は絶句している。
 白はちら、と隼を一瞥してから続けた。

「お前さんも必要になればできるんじゃない?」

 そんな場面、誰も望みはしないだろうけれど。

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あきゅろす。
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