小説
MDF After(前)
・My dear friendその後
・雄太視点
最初はみんな、俺のことを大切にしてくれたのに、いつだって俺のそばには誰も残らなくなるのだ。
きっと、俺はなにかを間違えているのだろう。どこかでそう分かっていた気がするけれど、それが理解に至る前に「ありのままの俺」を見て、一時的にでも傍にいてくれる人たちがいたので、俺はその人たちが離れるまで、俺の間違いを考えることはなく、その人たちが離れても、また別のひとが短い間だけでも、と繰り返す。
俺は意外に思われるけど、本を結構読む方だったので、俺の状態が恋をしているときに脳内で分泌される興奮物質のおかげで多幸感を得られ、それに依存しているようなものに近しいと推測している。
俺は友達がそばにいることで得られる喜びや幸せが重要なのであって、その友達が誰であろうとどうでもよく、どうなろうとどうでもよく、しかし、その友達が俺に不幸を負の感情を運ぶなど、認められなかったのだ。
需要と供給が破綻しているのだから、俺の傍に誰も残らないなど、当然なわけで。
何度か編入、転入を繰り返し、俺は悲しいことに二十歳で高校卒業した。ふはは。
留年野郎はこのご時勢で苦労するもんだと痛感しながら、俺は勉強だけしかできないクソ野郎から勉強もできるクソ野郎へとシフトチェンジ。
まさに胃酸的な意味で辛酸嘗め尽くして、胃潰瘍的な意味で血反吐吐きながら頑張った俺は、自分で稼いだ現金一括でフル装備のクラウンを購入。開けた窓から入る風に目を細めつつ運転中。心友のお迎えに行っている。
以前通っていた学園で得た友達は、俺が転入してもあっさりと携帯電話に「次の休日カラオケ行こうぜ」というメールをよこしてきた。
当時の俺はといえば、ぶっちゃけ裁判ぎりぎり、精神病棟送りぎりぎりで、とてもじゃないがカラオケなんて行ける状態じゃなかった。友達も俺が転入する前にほぼ俺のせいで入院していたのだが、そんな事情など考慮する発想もない俺は、よくもそんな能天気な、と癇癪を起こしたメールを叩き返したのだが、友達の返事はといえば――
件名
え、マジで?
本題
テラ自業自得w
ざ・ま・あwww
これは酷い。
あまりのいいように自由自在に物事のシナプスを繋げられる俺でも思考が停止になり、呆けてしまった。
こんな奴友達じゃねえ。
我に返った俺は涙目になりながら携帯電話を床に叩きつけようとしたのだが、その前に再び携帯電話がメールの受信を告げる。
件名
ずっと待っててやんよwww
本題
友達だろ。
俺は違う意味で呆然とした。
頭を埋め尽くすのは「なんで?」という疑問。同時に、疑問が浮かぶ段階で、俺は俺自身がこんな言葉をもらえるに値しないクズ野郎だと自覚していたことに気付く。
俺は震える手で友達に電話をかけた。いつもは、離れていった「友達」はすぐに俺からの連絡は着拒か、番号そのものを変えてしまうのだが、あいつへ繋がる番号はそのままコール音を響かせ、それだけで俺の心臓を跳ねさせた。
二コール、三コール。四コール目で、あいつは電話に出た。
「よう、どうしたクソ野郎」
酷い第一声だった。
「なんで……?」
「主語言えよ」
「なんで、お前は……」
あいつは深いため息を吐いた。俺は咄嗟に電話を切りたくなったのだが、あいつの声の方が早かった。
「『友達だろ、名前で呼べよ』」
頭の中で反復した言葉は、酷く馴染みのある言葉で、それは俺が散々口から吐き出したものよりもよっぽど重みがあって、誠意があって、上等で――
泣きながら「なぜそんなことを言ってくれるんだ」「どうして俺を責めないんだ」と問いかけた俺に、あいつ、大輝は電話越しに笑った。
「俺はクズ野郎のお前と友達になったんだぜ?」
つまりは最初から俺になんの期待もしていないという意味で、それは酷いことなのかもしれないけど、大輝は決して俺を貶める意味で言ったんじゃない。
離れていった「友達」は、俺を光りだの、良い子だの、まるで特別なもののように言っていた。そして、そんなことがないと、俺のぐちゃぐちゃな部分に気付くと離れていくのだ。
大輝は俺がどんなクソでもクズでもゴミでも、友達だといった。
嬉しい言葉は同時に途方もなく恥ずかしく、申し訳ない。
だって、俺なんかと「友達」のせいで、大輝はどんな風に見られるんだ?
大輝はあの、狭いせまい箱庭みたいな学園の中に留まったままで、そこから追い出された俺と繋がってるって知られたら、どんな目にあうんだ?
携帯電話の話口に唾を飛ばしながら問い質せば、もう遅いという返事。俺と大輝が未だに「友達」であることは知れ渡っているという。
「虐めとかねえし、気にするな。大勢の他人より一人のダチ派なんでな。まあ、ぶっちゃけ生徒会だの中井だのの奇異の目が超うざい。別に俺が非常識野郎と友達だっていいじゃねえか、なあ? 蓼食う虫もって言うだろ」
大輝は「もうすぐ風呂なんで」といって電話を切った。
俺のことをこき下ろしてはいたけれど、そこに責めるようなものは一つもないまま終った通話に、俺は暫く掌の携帯電話を凝視して動けなかった。
一時間くらいぼうっとして、俺はぎこちない動きで受信メールを開く。
夢でも幻でもなく、大輝は俺の友達だった。
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