小説
七話



「なあに、言ってんのかなー」

 間延びした口調で発せられるのは甘やかな声。
 赤髪の青年に向かっていた視線が、いつの間にか彼に並んだ声に相応しく甘やかに整った顔立ちの青年へと向けられる。
 白も彼に視線を向け、すぐに目を逸らした。
 白の目では二目と見られぬイケメンに堪えられなかったのだ。

(なにこれ。待って。イケメン指数上昇し過ぎだろ。堪えられない。やだ。もう、お家帰る)

 見るからに社交的な雰囲気のイケメンは白の敵だった。憎き怨敵だった。ただ顔を向けた先にいたというだけで睨んだと見做され、小さく悲鳴を上げた女子を宥めるイケメンなど地球上から滅んでくれないだろうかと白は心底思っている。
 白が心に住まう暗黒神にイケメンを生け贄としたイケメン撲滅嘆願の踊りを舞っている間に、空気は少しずつ険悪なものになっていく。

「今日はなんか様子変だと思ってたけどさ。なに、知り合い? 拓馬ボコった奴と知り合いなわけ? そいつのこと総長とか呼んじゃうわけ?」
「千鳥さん、俺まだまだいけるっすよ!」
「はいはい、拓馬は黙ってようねー。日和、飴玉でもあげといて」
「はい! あ、そういえば俺らのべ◯ぴんじゃん……」
「あ……」
「後で買ってあげるからー」
「あざっす!」

 しょんぼりしだした拓馬と日和に礼を言われ、呆れたように笑う千鳥という青年は再び顔を冷めたものに変え、赤髪の青年に「ねえ」と応えを促す。
 だが、千鳥の責める口調に大して彼は堪えた様子もなく、白からじっと目を離さない。白はイケメンに見つめられてもちっとも嬉しくなかった。眼差しを凍てつかせた女王様系美人になって出直してほしい。

「俺だって浅木さんに食って掛かった結果が今だろうが」
「お前はあのひとに負け……負けたの?」

 ざわりと騒ぐ気配と集中する視線、白は買い物袋からペットボトルを取り出して天然水を飲み始める。二リットル九十八円、今度からは通販で箱買しておく所存だ。
 三口も飲んだところで買い物袋に戻した白は、ようやく視線を周囲に返した。
 ただ、視線をぐるりと巡らせただけ。
 それなのに、白に向けられた視線の多くは外れていく。
 これで外してくれれば楽なのに、と思った白だが、案の定外さない人間は外さない。
 赤髪の青年が面白がるような笑みを浮かべたまま言った。

「昼は突っかかってすみません」
「人違いです」
「一発KOとか久々でした」
「おい、やめろ。注目させんな」

 総長などと呼ばれている人間が一発KO、折角散らした視線が再び集まってくる。手で払ってもチラッチラされて余計に鬱陶しくなるだけだった。
 千鳥が盛大なため息を吐く。

「そこの見るからに変人のおっさんとマジでやりあったんだ」

 ぶち殺すぞ。
 そう、内心で呟いたのが漏れてしまったのか、誰かが悲鳴を上げて、白は周囲からざっと距離をとられる。
 赤髪の青年と千鳥も強張った顔をしながら自分を見てくる辺りにどれだけ自身がお天道さまの下が似合わぬ形相をしているか察してしまい、白は切なさに胸を震わせた。
 しかし、千鳥を許す気はないのでじっと見つめる。
 見つめるたびに気づくイケメン度に妬ましさ乱れ打ちな胸中をも視線に乗せて見つめる。
 白は嫌がらせが得意だし、ひとの嫌がることを率先してやるという素晴らしい心がけを持っている。おかげで又従兄弟には「お前の人間性は基本的に糞だね」と微笑まれる始末だ。「よせやい、照れるじゃねえか」と返した記憶はもう随分懐かしい。

「な、に。なに、見てるのさ……」
「別に? おっさんも先ほど散々お前らのせいで視線浴びましたし? そもそもこんなくっっそ面倒な拘束食らってんのもお前らのせいですし? それに比べたらおっさんと目と目で語り合うくらいどうってことないんじゃないですかねっておっさんとしては思うんですよ、ええ」

 おっさん発言を根に持っていることが明らかな言い回しに顔を引き攣らせる千鳥に鼻を鳴らし、白は赤髪の青年を一瞥する。

「それはさておき、だ。俺はさ、ほんっと帰りたいんだよ。なんだって道歩いてただけで不良に絡まれるんだよ。ボコった? 知るか、正当防衛だろうが。大概にしろ、ばーか、ばーか、ぶぁーか!」

 無表情男が首を玩具のように揺らしながら抑揚利かせた単純な悪態を吐く様は、見るもの、とくに言われたものの神経をぞりっぞりと逆撫でした。
 ひくひくと顔を引き攣らせた千鳥は隼が止めるのも聞かず、白に向かって地面を踏み込む。
 買い物袋から手を離し、躊躇なく顎を狙ってきた千鳥の拳を掌で流した白はその勢いのまま回転。寸前まで腕を絡げることで動きに制限をかけられた千鳥の後頭部を肘打する。
 まさに一瞬。
 たった一瞬で千鳥は地面へと崩れ落ちた。
 嘘だ、と誰かが呟く言葉が虚しく溶けるが、そう言いたくなる気持ちを白は理解しないでもない。
 拓馬のときのように相手をしなかったが故の結果になってしまったが、千鳥の動きそのものは拓馬よりもさらに良かった。

(さん付けで呼ばれていたしなあ……ああ、それにしてもこの辺の不良って怖いわー)

 思えば、確認などしないでさっさととんずらすればよかったのだ、と過去を悔いる白は地面に落ちた買い物袋に手を伸ばすが、その動きを引き止めるようにかかる声。
 うんざりした気持ちを隠さずに白は顔を上げ、赤髪の青年を見遣る。

「待ってください」
「待ちたくない」
「俺とやりあってください」
「却下」
「知らないところで自業自得の怪我したなら『ばかやってんじゃねえよ』って話ですが」

 青年に視線を向けられた拓馬が「酷いっすよ」と項垂れるが、日和が「確かになー」と言えば「やっぱり……?」と溜息を吐いた。
 緊張感のないふたりに苦笑した顔を引き締め、青年は白に視線を戻す。

「目の前で仲間をやられてそのまま解散、引き止めてすみませんなんて言えません」
「面子と体面重要視して謝れない大人になるぞ」
「若気の至りってことにしてください」

 うっかり放置し過ぎた台所の換気扇汚れ並にしつこく食らいつかれることを察し、それでも一縷の望みを賭けて白は確認する。

「どうしても?」
「どうしても、です。俺が負けたら一生あんたの言うこと聞いてついていきますよ。ただし、あんたが勝ったらうちの……あー、belovedの総長になってもらいます」

 最後だけは酷く言い難そうにする青年だが、白も恐らくはチーム名かなにかだろう名称に「そりゃ言言い難いわな」と哀れみの眼差しを向けてしまう。

「belovedとか……うわ……」
「うるせえ、俺が決めたんじゃねえんだよっ。とにかく、昼間みたいにはいきません。全力でいきます」

 僅かに声を荒げた青年にほんのりと苦笑の雰囲気を漂わせて、白は不憫さから頷く。

「はいはい、了解だ」

 そして、了承した。
 了承してしまった。

[*前へ][小説一覧][次へ#]

あきゅろす。
無料HPエムペ!