小説
My dear friend
・反アンチ王道?
・編入生の友達



 俺は空気のような存在だった。
 特別虐められることもなければ、注目されることもなく。会話するひとはいても、友人はいない。クラスにいる一人。そういう存在だった。
 誰に強制されているわけでもないけれど、静まり返った空間で声を上げるのが憚られる様に、俺はいつしか息を殺して空気に始終していた。
 息を殺して、息がつまって、苦しくて。窒息寸前の俺の前に現れたあいつは、まるで酸素のようだったのだ。



 編入生の雄太が退学になった。
 それを知ったのは、俺がなにかと学園の人気者と仲良くなった雄太といることで、親衛隊の制裁に遭った怪我が元で入院していた病院を、ようやく退院できた時だった。
 雄太は自己主張が激しく、目が合えば名前を聞き出し、名前を呼びたがり、友達宣言をする。誰に対してもそう。顔のいい奴には特にそう。
 初めはそれを分け隔てない、と気に入っていた人気者たちは、周囲にいないタイプの雄太にのめりこみ、自分達のやるべきことを疎かにしていたらしい。どころか、雄太に近づく奴を威嚇し、時には暴力を振るったとか。まあ、俺もその被害者のひとりなわけだが。
 けれども、荒れ始めた学園を正そうと尽力した生徒がいるらしく、その生徒に説得、叱責され、彼らは目が覚めたという。
 雄太はその自己顕示欲と自らの正当性を主張する性格で、親衛隊に暴力を振るい、備品を壊し、ということで一致団結した生徒達に学園を追い出されたのだと。
 退院した俺にうれしそうに説明するのは、学園立て直しの中心となった生徒で、確か、雄太の隣の席、俺も隣だったけど、逆隣の奴だ。中井とかいったっけ。
 中井は同室の俺が入院していた間、雄太に目をつけられて振り回されていたのだという。だから、誰より俺に近いらしい。

「お前にも、悪かった」

 そう言って謝罪するのは、影で俺にも暴力を振るっていた生徒会長。続く生徒会一同は「いくら騙されていても、やっていいことと悪いことがあった」と謝罪して、中井は「ね、もう大丈夫だよ!」と笑ってみせた。

「立川があれほどだと見抜いていれば、お前の入院沙汰も防げたかもしれない。ほんとうにすまない」

 最後は風紀委員長から。
 学園の人気者たちは、俺の言葉を待っているようだ。
 その顔にはどんな罵りも受ける、という決意が現れていて、俺は頭のどこかがぶちり、と切れるのを感じる。

「ふざけないでくれ」
「そう言われても仕方のないことをした。だが……」
「俺がふざけんなっつってんのは、俺に対してのことじゃねえんだよ」

 思いも寄らないであろう俺の言葉に、誰もが困惑した顔をする。中井は「どうしたの?」とまるで自分には向けられていないとばかりに俺へ心配した顔をする。

「てめえもだよ、中井」
「え……」

 ほんとうに自覚がないらしい。
 いっそ笑いたくなりながら、俺は中井たちを睨みつける。

「騙された? 見抜けなかった? なに言ってんだよ。
 雄太は最初から『おかしな奴』だっただろ? あいつは初めから自己主張激しくて、顔いい奴ばっかに擦り寄って、でも自分から離れようとする奴を許せなくて、そいつが目の前で顔いい奴に嫌味言われても、せこい嫌がらせされても、笑ってるような奴だっただろ?
 なんだよ、その顔。思いもしなかったとでも言うのか? 俺は早々に入院しちまって、雄太と一緒にいた時間はあんたらよりよっぽど短いぜ? そんな俺でも、これだけ分かってるのに、あんたらはなにを知らない顔してるんだ?
 騙されたんじゃないだろ? 見抜けなかったんじゃないだろ? 勘違いしたのも、最初から提示されたなにもかもを見なかったのも、お前らだろ。なんでお前らが被害者面してんだ。自分達が加害者なのは、俺……たちに対してだけだと思ったのか?
 なあ、中井。なんでこの人気者サマはここにいるんだ? 改心したから? なんで雄太にも改心するように尽力しなかったんだ? できなかった? 卒業まで時間はまだまだあるじゃねえか。こいつらは早かっただけだろ? こいつらだって暴力振るいまくり、権力使いまくり、そこの一匹狼なんていう群れにも溶け込めず追い出された負け犬は備品壊し放題校舎に損害与え放題じゃねえか。なんでこいつらは退学になってねえんだよ。
 結局はてめえも雄太と同じだろ? 自分に都合のいい奴で周囲埋めたいだけ。いいや、雄太はそれを隠さなかった。きれいな言葉の中だって分かりやすい矛盾だらけで、触るな危険のレッテルが見えてただろ。でも、お前は違うよな?
 苦しかったけど頑張りました。辛かったけど頑張りました。皆のために頑張りました。
 そういう主張した言動行動。で、結果はどうだ?
 退学になってておかしくねえ奴らはべらしてご満悦、今回の件で支持されて、生徒会入り? ははは、上手く立ち回ったもんだ。それで、よく雄太のこといえるよな。
 お前ら皆揃って最低だ。
 雄太ならこう言うんだろうよ」

 長くながく吐き捨てた俺に、もはや誰もが顔色悪く、中井にいたっちゃ小刻みに震えている。
 改心した? ああ「成長」とは別なんですね。どうでもいいが。
 俺はなんだかすごく疲れてしまい、顔には力ない笑みが浮かぶ。

「なあ、俺はさ、雄太がクソ野郎って理解してたし、そのそばにいることでどんな目に遭うのか、入院するほど思い知ってた。
 でもな。それでも、よかったんだよ。
 雄太がどんなクソ野郎でも、クズでも、非常識の気違い野郎でも、分かった上で一緒にいたんだ……」

 なんで、と誰かが震える声で呟く。

「――友達だから」


 俺、立川雄太! なあ、お前の名前は?


「最初からあんたらが『おかしく』なかったら、雄太がどうこうなることもなかったのにな……」


 大輝っていうんだな。大輝、今日から俺ら友達な!!


「だから、寄って集って俺の友達を追い出したお前らが、俺は大嫌いだよ」


 皆に憎まれ嫌われるお前でも、俺にとってはたった一人、俺を見つけてくれた大切な友達でした。


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