小説
ふぇちずむ!
・馬鹿の過ちと己が美学を貫く漢達。



 実峰が見事合格した学校は、地元からは離れた全寮制の有名校で、偏差値も高く、狭き門をくぐった息子に両親は諸手を上げた。実峰自身も自分が誇らしく、両親に大手を振って地元を離れたわけだが、入学式に参加している現在、実峰には言いようのない違和感が付きまとっていた。
 実峰は女の子が大好きだ。
 だから、初めは山の中の全寮制学校なんて冗談じゃない、と思ったのだが、両親の勧めで参加した見学会、実峰はきらきら輝く女の子たちを見た。
 やはり、山の中で男と一緒、というのが難しいのか、男子生徒に比べれば圧倒的に少ないものの、制服らしきスカートをひらめかせて楽しそうに笑う女子生徒は誰もがみんな、一級品の容姿をしていたのだ。いや、よく見れば男子生徒もそれぞれ洗練された装いで、造詣はさておいても輝いている。
 校内や施設を案内する先輩達はやさしく、細かい部分の説明、特に自分が所属する部活などには熱心に語ってくれて、好感が持てた。
 故に、頑張れば狙えるかもしれない、という教師の言葉に浮かれた両親に押され、実峰はこの学校を目指したのだが、集められた体育館内は、男一色であった。
 実峰は嫌な予感を感じつつ、入学パンフレットを捲る。
 春川学園と学校名が記載されたパンフに、理事だの校長だのの名が続き、新入生への挨拶や学校の概要が載っている。じっと概要を読んだ実峰はばっちりと記載された「男子校」の文字に最初から聞いていない教師の挨拶も耳に入らず、パイプ椅子の上で硬直した。

(馬鹿な馬鹿などういうことだ。浮かれていると話が耳に入らなくなる悪い癖のある俺だが、それでも確かに見たんだぞ女子を!)



「――ああ、それ女装同好会の奴ら」

 深刻な顔で硬直し、信じたくない現実に荒い息をつき、顔色を真っ青にしていた実峰は、面倒見のいい教師によって保健室へ連れてこられた。
 新生活の不安から体調が悪くなる生徒はいるらしく、教師は具合が悪いわけではないと答える実峰に「緊張しているのか?」と頼れる教師らしい態度をとってみせた。その態度を信頼し、自身の愚かな勘違いが夢か現か訊ねた実峰だったが、教師の返答は驚くべきものだった。

「じょ、そう?」
「おう。見学会だから気合入ってたろ。
 うちはなー、変人つか、あらゆるフェチが集まった結果、嗜好の赴くまま他人をも磨く奴らのせいでやたらと身なりがいいのが多くてなー」

 ちなみに俺は尻フェチだ。

 ぐ、とサムズアップした教師に、実峰はひと息で二メートルほど距離をとった。

「おいおい、教師は聖職者だぜ? そんな不安がるなよ」
「男子校で教師やってる奴に尻好き発言されて身の危険を疑わないほど平和ボケしてねえんだよ!」
「おお、ワンブレス。まあ、平和ボケしてねえのはいいけどさ……自惚れんな。
 てめえみてえな腹這いで本読む癖あるから腰への負荷がまんま尻の曲線に影響して著しく大臀筋の付きにバランスが崩れてるような尻に食指が動くわけねえだろ観賞するほどの価値も見出せんわくそが」

 先ほどまでの頼れる教師の姿はそこにはなく、いるのは己が美学を解さぬ他者へ冷えた眼差しを向ける漢がひとり。
 実峰は教師の本気っぷりにドン引きした。

「この学校には、先生みたいなのが、他にもいるん、ですか」

 ごくり、と唾を飲みながら訊ねた実峰に、教師は目の前で指折り数える。

「とりあえず、風紀の顧問が背中のラインフェチ、生徒会顧問の一人が太ももからつま先までの足フェチで、俺と合わせてIラインマスターとして運動部からはフォームとかコンディション関係で感謝されてる」
「こんな哀しいスペシャリスト初めて見た!
 っつか、今時風紀ってあるんですか?」

 途端、教師は悲しい顔をした。保健室に備え付けられたピンクのソファに腰掛け、よく見れば絶妙なボディバランスを築いた大人の男は憂い顔で、膝の上に肘をついて手を組む。

「他人を磨きたがるフェチが多いっつったろ。中には問答無用のフェチズムハントがあってな……」
「すいません、フェチズムハントってなんですか」
「自分の愛する部位を持つ生徒を狩って、強制的に磨き上げる狩りのことだ」

 教師の顔は真剣だったので、実峰は突っ込みたい己の心を必死に鎮めた。

「中にはそのままの獲物にフェチズムを疼かせる奴もいるし、そういう時は乱闘……いや、戦争だな。己が美学をかけて戦うもんだから、うちでは風紀委員会っつー取り締まる連中が必須なんだ」
「そして、更に哀しい事実を教えよう。風紀委員会が感謝されるのは新入生が入ってきて暫くの間だけ。後はそれぞれフェチズムを開花させた新入生も学園に馴染み、なにかと妨害してくる風紀委員会には文句たらたら。けれども風紀委員会は血走った目フェチとか、信念のこもった一撃フェチが多いから問題ない」

 突然割って入ったのは、黒縁眼鏡をかけたスーツ姿の恐らく教師。すらりと伸びた背中が美しい。保健室の入り口に軽く腕を組んで佇む様は、それだけで絵になっている。

「えっと……」
「風紀顧問の相沢だ」
「ちなみに俺は東海林。新入生のクラスを担任している」

 背中フェチと尻フェチの名を知った実峰は、ぎこちなくも頭を下げて挨拶をしたが、相沢は「腰への負荷が背骨を軽く歪ませてるな」と舌打ちをした。腹這いで本を読むのは、よほどよくないらしい。

「きみ達新入生は分かりやすく『おっぱいフェチ』に転ぶか、部活の先輩に染められコアなフェチに走るかに大体分かれる。さらに言えば、フェチとマニアの境界に惑うこともあるだろう。きみが己を理解する日を、教師一同応援しているよ」
「俺が受け持つクラスだったら、尻のよさを十分教えてやるぞ」

 ぐ、と二人の教師に肩を叩かれ、実峰はいったいどこから自分は間違えてしまったのか、と膝から崩れ落ちた。
 実峰の学園ライフはまだまだ始まったばかり。


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