小説
二十一話



「搭載兵器ではやはり追いつきません、他の機体でも同様ッ」

 術式により高速飛行する飛空艇の甲板に立つイルミナは、伝令係に殆ど怒鳴るように返す。

「想定内っ、このまま計画を進める、各機体に伝令を出せ!」

 立つことに不自由はなくなっても、風に煽られた伝令係の声は掠れている。
 不明瞭な応えでも確かに聞き取り、イルミナは己の耳から花のイヤリングを外した。
 濃密な魔力が溢れ出すのと同時、イルミナは平素忘れていた常時増え続けていく魔力の勢いが最後にイヤリングを外したときより増していることに眉を顰める。
 だが、いまは好都合だ。
 魔力は幾らあってもいい。幾らあったって足りない。
 そうだ、足りないのだ。

「私はお師匠と違って、固有魔力だけでなんて無理なのよ……」

 呼吸を三回、逸らすことのない瞳で前を見据え、イルミナは高らかに宣言する。

「これより詠うは調べを超えて祈りへ」

 一人で重唱なんて離れ業、イルミナには到底できない。
 やはり、彼の存在は規格外だった。
 代名詞と化したが故に通称が変わることはなかったが、重なる歌声は最終的には幾重になっただろう。
 追いかけても追いかけても、天井知らずの矜持と文字通り死に物狂いの血塗れた努力で練り上げられた才能の恐ろしさを思い知るばかりだ。
 けれど、そこで心折れるなら、諦めるなら、現状に、現時点に満足してしまえるなら、そんな自分は絞め殺してしまえと彼の存在の薫陶がよく窺える眼差し、語調でイルミナは吐き捨てられる。

「詠い手を私 イルミナ・ミュッセ・バゼーヌ
 称号をウチェッロディルーナ 通称をベルスーズ
 囀れアリア 眠れトラジディ 世界の理へ私が響かせる」

 歌え、詠え、謳え。
 愛しいひとよ、親しきものよ。
 あなたたちが笑う明日へと導く安寧の眠りを守りたい。
 たとえば、この身が捻れ切れるような痛苦に苛まれても、血反吐の海へ溺れることになっても、水仕事に荒れる手をなくしても、豆が潰れるほどに歩くことが許されなくなっても、あなたたちが安らかに眠れるのならば声の限り詠い続けよう。
 増幅される魔力。
 かつてを思えば、自ら固有魔力を湯水が如く湧き出させようなどと狂気の沙汰だとイルミナはおかしく思う。
 けれど、それでも足りない。
 もっと、もっと、もっと!
 詠い、イルミナは更なる宣言を重ねる。

「これより願い奉るは式を超えて魔法へ
 奏上を私――イルミナ・シュツラリィ・アフェット・エクリプス
 称号を魔法使い 通称を魔法兵器
 溢れよ魔力 出るは現実 世界の理より私が引き出すッッ!!」

 その「魔法」はイルミナという女性の出生に深くふかく繋がるほど、相性が良かった。
 異なる世界の人間であるイルミナは、この世界の理に干渉しようとすれば「異物」として多大な圧力、下手をすれば抹消されると彼女の師は説いた。
 それを回避するには、最初から出自を世界に偽らなければいい。
 異世界の生まれで、干渉権をこの世界で得たのだと、世界に申請すればいい。
 魔法使いであろうとすれば、イルミナは永遠にこの世界のものではないのだと突きつけられることになる。
 望むものに師は容赦しなかったけれど、望むか否かの強制はしなかった。
 もっと別の形であれば、と思わなかったとはいわない。
 イルミナはその傲慢も、異物であるという痛みも飲み下して到達者となったのだ。
 ――蝕まれる月にも似た巨大な魔法陣が展開されるそばから砕け、粒子となって拡散していく。
 拡散した粒子は次第に淡い光を帯びながら形をとりだした。
 小型飛空艇など容易く圧し潰すであろう、飛空戦艦。
 その数、十二。
 小型飛空艇を影で覆う飛空戦艦は、術式による炎や風などの一時的に呼び起こされた現象ではない。
 イルミナの魔力によって、魔法によって、具現化された――現実だ。
 だからこそ、イルミナは一時的であろうと准将の階級を賜っている。
 経歴に見合わぬ階級であろうと艦隊を指揮するものとして必要な、その場の最大戦力を自由に動かすための権利。
 荒い呼吸を繰り返し、イルミナはその場で膝を突きそうになるのを必死に堪える。
 いま、この場においてイルミナは研究と実践に明け暮れて成果を机上でまとめる宮廷魔術師ではなく、准将という階級を与えられ、戦場の前線に立って己の技を武とする軍人なのだ。
 歌え、詠え、謳え!
 背中に守るべきものには明日へ繋がる子守唄。
 前方へ見据えるものには明日をも許さぬ呪い。
 イルミナは前方より飛来する飛行型巨大生物に向かって、全戦艦の空中戦指揮を詠った。



「……あれが……魔法兵器……」

 地点を移動していたジルベルたちカスタニエ国軍は空を赤く染め上げていく爆炎を見上げ、地上でも耳が痛くなるほどに響く砲撃音に顔をしかめるよりも先に呆気にとられるものが多かった。
 そのなかでぽつりと呟かれた言葉。
 砲撃音によって聞こえなかったものもいただろうし、なによりその軍人は決して彼のそばにいなかった。
 にも関わらず、気づけば軍人は殴り倒され受け身も取れずに地面へ転がっている。

「『コンダクター』だろうが。我らが帝国、現最優魔術師にして魔法使い、現在は准将でもある相手に対し、口を慎めよ」

 転がった軍人の襟首を掴んで引きずり起こしたジルベルは、低い声で言い聞かせる。

「『我が弟子を兵器と貶めるものは、我が名において許さぬ。我が弟子は使われる道具に非ず。道具の担い手足るものである』
 ――大ダブルペンタグラムの名において、バゼーヌ准将を貶めるものには相応の罰があると思えよ、馬鹿野郎」
「は、はっ、失礼いたしました!」

 大ダブルペンタグラム、その名に軍人が大きく喉を上下させ角ばった動きで直立した。
 軍部においても市井においても、両極端な感情を持たれる存在。
 憧憬と尊敬を捧げるものもいれば、憎悪と嫌悪を見せるものもいる。
 けれど、たとえ憎悪するものであっても、彼の功績を認めていないわけではない。
 死して尚、彼の名は生き続ける。

「その名に糞を塗りつけようなんざ、許さねえよ」

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