小説
二十話



 いつか、どこかの世界で、誰かが目指し、行ったこと。
 本能を捻じ曲げられ、意に沿わぬ行動をとらされているという点を見るのであれば、きっとその生き物たちは狂っていた。
 しかし、どこかの誰かのように単純な行動しかとれないわけではなく、まるで人形を糸で操るように、音楽を指揮するように、理路整然と狂った行動をとりだすのだ。
 傷一つない手の中で作り出された魔石を埋め込まれ、その生き物たちは恐るべき生体兵器となって奔りだす。
 ただ、人の滅びを目指して。
 そうして、彼も歩きだす。



 野に生きる大型生物が意思を持ったかのように、帝都を目指し進撃。
 避難命令が出されるなか、国軍は一糸乱れぬ動きで出撃する。
 帝都在住の民は突然のことに混乱しかけるが、それを治めたのは拡声術式で帝都中に響いた皇后の声であった。

「我らが帝国の民よ、落ち着きなさい。いま、あなたたちの帰る家を守るため、我らの祖が眠る地を守るため、我らが帝国の騎士たちは剣となり、盾となり立ち向かっています。
 信じなさい。あなたたちが笑い合う明日を彼らが守ります」

 真っ先に冷静になったのは大戦を生き抜いた世代。
 彼らは慣れたように、いつかの感覚を取り戻したように、落ち着きを取り戻して取り乱す若者たちをなだめながら避難を開始する。
 そうして国民が避難するなか、皇后の姿は未だに帝都にあった。

「皇帝陛下、皇太子殿下、ともにエタンセル大公領プレイヤードへ落ち着かれました」
「幸いだ。そなたも早に行くがいい、ガルディアン公爵」
「御身一人を渦中の帝都に残す不忠者に落ちた覚えはございません」
「……結構」

 未だ全ての民の避難が成らぬのに、未だ全ての民の安否定まらぬのに、真っ先に帝都から出ていくわけにはいかなかった。
 フェリシテが未だ子を成していなければ、あるいは彼女が皇后ではなく皇帝であったなら、リュカのように帝都から出ないことのほうが問題である。きれいごとで政は成らない。
 しかし、フェリシテは既に残すべき血を残し、真っ先に守るべき方の無事を確認して此処にいる。
 国の大事に皇室が民を見捨てたなどと、間違っても囁かれるようなことになってはならない。絶対に。
 フェリシテが此処に残ることでヴェルムもまた残った。
 ヴェルムもまた、嫡子を成し、嫡子として指名してある。
 護衛は何事かの警戒態勢にあったときと数に変わりはない。
 害するものは外から、遠距離からやってくる。
 物理的にも、術式であっても。
 ならば、護衛に人数を割いたところで意味はないのだ。

「できる限り外へ回したいが、そうもいかぬか。思えば、我が騎士の存命時は随分と身軽であったものだ」
「斯様なときに我が末弟がいれば、末弟は最前線に出て御身の守護としていたでしょう」

 フェリシテは目元だけを笑ませる。



 強化されただけでなく、単純なものであれば術式まで使いだした大型生物は脅威で、一体を倒すのに三人一組とならなくてはならなかった。
 押される国軍のなか、それでもその刃を閃かせ続けるのは未だその名を色褪せることなき英雄。
 老いて尚、その実力は健在。
 金色の目を獰猛に輝かせ、ジルベルは戦場を駆ける。
 その目の前を首のもげた大型生物が吹っ飛ばされていった。

「ご機嫌か? テオドラ」
「ええ、私は戦場が好きです。この空気も、匂いも、四方から聞こえる叫びも、全てが大好きです」

 大型生物の頭を蹴り飛ばしたテオドラの足は血に濡れて、彼女の月色の目は双剣のように光を反射させている。
 戦場を駆けるのは国軍のみではない。
 避難命令を出されているため区域も、人員も限定されているが、賞金稼ぎとていま、同じ場所で己が武を振るっている。

「見てください、英雄。私の子があんなにも楽しそうにはしゃいでいるのです。投薬の名残がある身でも、戦場には代えられない。あんなにもあのひとに似ているけれど、こういうところを見ると確かに私に似たのだと思いませんか」

 テオドラが示す先ではカミラが二丁拳銃を振るっている。
 一発で一体などという生ぬるいことはしない。貫通して二体、三体。表皮の硬い標的を利用しての跳弾。
 絶えず鳴り響く銃声は、威力の割には大人しい。術式による消音効果を付与していなければ、今頃は周囲のものも含めて鼓膜が破れて使い物になっていないだろう。

「楽しいのは結構だが、これ以上先には進むなよ」
「私には今更ではありませんか? うっかり、気づいたら。それは仕方のないことでしょう。
 たとえば、今日という瞬間が来ることを私は予想して、あの日に施設へ向かいました。お前はそれを咎めないでしょう? 英雄」
「テオドラ・セレーネ」

 背後から迫る大型生物の顎門を、ジルベルは後ろ手にバスタードソードで串刺しにする。
 軽く持ち上げて地面へ叩きつけた大型生物が潰れた肉塊と化すのに目もくれず、ジルベルは微笑むテオドラに刺すような眼差しで笑いかけるのだ。

「犬付きから逃げられると思ってんのか?
 台所へ帰れなんざ言わねえから、せめて言うことを聞け」

 独特の声がする。
 遠く離れた場所か、それとも近くなのか。つかめず不明瞭、しかし透明ですらある不思議の声。
 遠吠え。
 その声を聴いてジルベルは空を見上げて剣呑な表情をし、テオドラもまた目を細める。
 巨大生物はなにも地を這う獣のみではない。
 空を往く獣たちが群れを成して押し寄せていた。
 そして、ジルベルたちがいる場所とは反対側からも、回り込むように指示された獣は地を駆けて往く。
 数は劣ろうとも、戦力に差がある。
 隙を突かれれば帝都への侵入を許しかねない切迫した状況に、ジルベルへ応援を要請しようとした隊長の身体を覆う影。
 隊長が見上げた先には顎門を大きく開いた巨大な獣。
 死。
 圧倒的な死が、迫っていた。
 鋭い牙から滴る唾液をまばたきもせず見つめ、それでも隊長は得物に手をかける。
 此処で死のうとも、朽ちようとも、ただ、怨敵の餌では終わらない。
 最後まで抗い、生き貫こう。
 笑い、嗤い、わらって――
 ぐしゃり。
 引き裂かれた肉と、砕けた骨。

「やーれやれだ」

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あきゅろす。
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