小説
ほんとうにあったエロくない話
・第三者視点で風紀委員長と会長のはなし



 マッサージをエロいことと勘違いしてっていうハプニング、あるじゃないですか。
 これは、僕が体験したほんとうにあった話です。



「うわー、明日北村の授業あんのにノート忘れるとか最悪」

 夕方、僕は忘れ物を取りに学校へ戻っていました。
 僕の通っている学校は全寮制で、通学制よりはこういったことへの対処が楽なのですが、それでも焦る気持ちに変わりはなく、僕は薄暗い廊下を走っていました。遠くで遅くまで部活動に勤しむ生徒の声が聞こえますが、教室の傍は静かなものです。
 自分のクラスに駆け込んで、僕は自分の机からノートを見つけるとほっと息を吐きました。
 さあ、帰ろう。
 今日の食堂の日替わりメニューは僕の大好きなぶり大根で、僕は足取りも軽く教室を出ました。
 その時です。
 うめき声、悲鳴のような声。
 そんなものが、聞こえました。

「え」

 ほんの微かな声でしたが、静かな校舎だからでしょう。錯覚かと思い耳を澄ませれば、やはりそれらは聞こえました。
 恥ずかしい話、僕は怪談が苦手です。
 ぞっと竦んだ足に棒立ちとなり、教室のドアへかけた手が動かないまま、僕は悲鳴とうめき声を聞き続けました。
 否が応にも耳が集中する中、僕はうめき声のなかに時折ばしん、と強かになにかを叩くような音を聞きました。それに合わせて悲鳴が上がります。
 僕はこのとき、ひょっとしてこれは幽霊だのではなく、暴力沙汰なのではないか、と思い当たりました。こちらのほうがよほど現実的です。
 そう思えば、僕の足はようやく僕の意思に従い、教室を飛び出ました。
 廊下に出て耳を澄まし、声の方へ走ります。
 声は廊下の端、不良のたまり場になりかけている空き教室から聞こえてきたので、僕は予想を確信に変えました。
 僕は教室の手前で足を止め、そっと教室を伺います。
 ドアに嵌められたガラスの向こう、横たわる生徒と、その生徒を踏みつける生徒が一人ずつ。
 やっぱり!
 そう思ってドアに手をかけようとした僕ですが、その手が凍り付いてしまう事実に気付きました。
 踏みつけられている生徒は、この学校の生徒会長を勤めるひとで、踏みつけている生徒は、風紀委員長でした。
 ふたりはそれぞれ学校の人気者で、生徒会長は誰よりも仕事に熱心で有能な姿を尊敬され、風紀委員長は虐めや不良を率先して取り締まる姿を尊敬されていました。
 僕の胸中は「まさか」でいっぱいです。
 あの風紀委員長が、あの生徒会長がなぜ。
 僕はそっと、気付かれないようにドアを開けました。
 すると聞こえてきた会話。

「ここがイイのか」
「ぐっ、もっと、もっと強く踏んでくれ!」

 どう聞いてもSMプレイでした。
 会長の尻をぐりぐりと踏みにじる風紀委員長と、呻き、時折悲鳴を上げながらばんばん、と床を叩く会長。
 僕はぺたん、と廊下に座り込みます。
 あまりの事態に腰が抜けてしまったのは、ここだけの秘密です。
 僕が視線を外せずにいると、風紀委員長がおもむろに会長の尻を鷲づかみました。咄嗟に手で視界を覆えば、聞こえてきた会話に僕は顔が熱くなります。

「固くするなっ」
「無理っ」

 そんなそんなまさか。
 確かに、時折会長が腰を抑えているところに、風紀委員長が労わるような声をかける姿は見かけていましたが、まさかほんとうにふたりが出来ているなんて!
 僕の頭の中では会長が奴隷、風紀委員長がご主人様という関係が成立する寸前だったのですが、不意に廊下まで響いたのは会長の悲鳴。
 僕はばっと顔を教室の中へ向けました。
 その先にあった光景は――……。




「驚かせてすまん」
「悪い悪い。どうにも我慢できなくてなー」

 誰かが持ち込んだポットとお茶セットで淹れたインスタントコーヒーをくれる会長は、こきこきと腰を鳴らしながらマットの上に胡坐をかいて、風紀委員長はそんな会長の後ろに回り、肩を揉み解していた。
 あの時僕が見たのは、うつ伏せになった会長の足をクロスさせ、丁度良く張り出た尻をわっしわっしと揉み解す風紀委員長でした。
 容赦なく尻をこね回す風紀委員長に、床を叩いて「いだだだだだだっ、でも気持ちいいっっ」と叫ぶ会長の姿で、そこに先ほどまでのSM臭はありません。

「ほら、俺って基本デスクワークだろ? 全身凝るのは当然、時々ケツが爆発しそうなくらい痛いんだよ」
「で、実家が整体やってる俺が時々メンテしてやってるわけだ」

 僕が見ていた場面は、本格的な整体にはいる前に、がっちがっちに凝り固まった会長の身体を解すためのマッサージだったそうです。
 会長の尻を踏んでいたのは、会長はくすぐったがりで、へたに手でやるとすぐに力が入ってしまうからで「固くするな」という危ない発言も、そのまま尻に力をいれるな、ということでした。

「昔はふにゃケツだったくせに、最近は凝りのせいで大したプリケツだ。それで力いれるもんだから、揉むのもひと苦労でな」
「仕方ねえだろ、くすぐってえんだよ」
「ケツだけじゃない。鼠蹊部も解さないといけないのに、お前ときたら……」
「だからっ、くすぐったいんだって」

 鼠蹊部といいながら、会長の足の付け根の際どい部分を撫でた風紀委員長に、僕はコーヒーを噴きそうなりました。

「う、あ、とりあえず……あの、お大事にっ」

 僕は勘違いしたのが気まずくて、急いで飲み干したコーヒーの入っていた紙コップを握り締め、教室を飛び出しました。
 折角忘れ物を取りに来たというのに、寮に帰ってもノートに集中できそうにありません。

「ふたりができてるって噂も、きっと今日の僕みたいなひとが誤解したんだろうなあ……」




「で、身体の方はどうだ」
「あー、異物感以外はどうにか。俺はいつかお前が裏四十八手に挑戦する気なんじゃないかと不安だ」

 風紀委員長により酷使した身体を、風紀委員長により労わられた会長は尻の違和感に顔を顰めながらマットに横たわる。

「あんなふざけた体位しなけりゃ、俺だってもう少し楽なんじゃねーの?」
「お前は普段動かな過ぎるから、あれくらいで丁度いい」
「仕方ないだろ、書類仕事がどれだけあると……」
「運動不足解消にもなって、コミュニケーションとしても最高。なにも問題はないな」

 なにか言い返そうとして何も思い浮かばず、結局は噤んだ会長の口に、風紀委員長は触れるだけのキスをした。

 知らぬが仏。
 火のないところに煙は立たないのだ。


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