小説
三話



 数年前からグレンは元々は全くといっていいほど行使のできなかった魔力を操り、またその仕組みをある程度理解できるようになっている。後者は以前でも学べば同じ程度には学術的理解はできたであろうが、現在のグレンは技術的な理解のもと、魔力を操り行使できるのだ。
 故に、この施設が雁字搦めに、それこそ封印といっていいほど強固に閉ざされていることが分かった。
 複雑怪奇、絡み合う術式によって幾重にもなる抑止は、一度牙を向けばグレンであろうともただでは済まないだろう。これは魔法使いに到達するような魔術師の分野だ。
 そんな施設へ訪うことになった事態を不快とも、まさか不安とも思わない。
 ただ、少しだけ懐かしい。
 この場所で感じる懐かしさは見当違いなのかもしれないが、それでも懐かしく思ってしまうのだ。
 術式の一部、込められた魔力、使用されている魔石の一部は、グレンに流れる膨大な魔力と全く同じだ。グレンがこの施設になんら貢献していないことを思えば、ありえないほどに。
 そうだ、ありえない。
 本来ならば、この施設に残る魔力と同じものをグレンが行使できることは、ありえない。
 それを可能にしたものを思い、グレンはぴりぴりと緊張した雰囲気の職員に案内されて施設を歩く。

「グレン・ヴァーミリオンを連れてきました」
「ご苦労様」

 この施設の主任らしき相手は、背の曲がった老人であった。
 グレン自身も老齢にさしかかる年齢であるが、それよりも十は年上であろう男は、皺だらけの顔に笑みを浮かべてグレンを迎える。

「どうも、ヴァーミリオンさん。お噂はかねがね。ジケル、とお呼びください」
「……どーも」

 グレンのぶっきらぼうな挨拶にもならない挨拶に不快そうな様子もなく、ジケルは杖を突きながら「こちらへ」とグレンを促し、歩きだす。
 材質も分からぬ扉一つ潜った瞬間、今までの比ではない更なる術式が枷として敷き巡らされていることに、グレンの片眉が上がった。

「此処は静かでしょう」
「あ?」
「今回の件で軍部も上も、随分な騒ぎですよ。私も、まさか生きている間に彼の起動が実現するとは思いませんでした」

 扉をもう一つ。
 転移術式の刻まれた扉のなかは数人入ればそれだけでいっぱいになるような狭さで、ジケルは慣れたように壁へはめ込まれた魔石に触れて鍵となるスペルを刻む。
 ふ、と魔力が揺らぎ、転移の感覚がしたと思えば扉が開き、通ってきたのとは全く違う部屋が広がっている。
 そうして、複数の道と扉を経由して歩き続ける。

「ダブルペンタグラム生前の手回しと、亡くなる直前の……今回の制限下であればもっと早く叶って然るべきでした。でも、無理だった。記憶が消せない。たとえ、彼が例外であったとしても。
 皇后陛下は承認なさらないと思いましたが……思わぬこともあるものだ」
「俺は今回、なにも聞いちゃいねえんだが、此処でなにかあったとして責任は何処へいくんだ?」

 ジケルはおかしそうに笑い、手慰みのように杖を揺らす。

「安心するといい『護衛』殿。陛下お一人が背負うようなことを、ダブルペンタグラムが手配するわけがない。そも、あれは陛下お一人に裁量の権限があるものではない。陛下はダブルペンタグラムの抑止として今回の裁量に関わられただけで、本来は門外漢ですよ。直接管理に関わる私と、バルテレミーは……まあ、色々ありましたが承認したよ。もう一人、判断を委ねられているものは、最初の申請から殆ど間を置かずに承認していたがね」
「誰だよ」
「英雄、ジルベル・ダルクハイド」

 グレンはひとが好いように見せかけて食えない相手を思い出し、舌を打った。

「一体此処で『なに』を相手にしろっつうんだ」

 ジケルが突いていた杖の音が止む。

「我らが帝国がドール殲滅のために造ったドール……その試作型だよ」

 皺だらけの手が、グレンを転移魔法陣へ促す。
 ジケルは手前の扉の前に立っており、ここで分かれて進むらしい。
 グレンはジケルを一瞬見つめ、すぐに転移魔法陣へと立った。
 ――かつて、起動させることも叶わなかった魔法陣に魔力を流し、グレンは一人広いなにもない室内にいた。
 周囲を見渡し、既に色をなくして罅すら入った記憶、祖国の研究都市を思い出すグレンにジケルの声がかかる。この場にはいないが、何処かから見ているようだ。

「それではヴァーミリオンさん、なにを言われても揺らがない意志を持ち、戦闘準備をどうぞ。
『ブラン・オリヴィエ』、完全に不完全な壊れ性能のオリヴィエ試作型のお目覚めだ」

 グレンの遥か前方に浮かび上がる転移魔法陣。
 ふわり、と姿を見せたの真白の男。
 白髪であるが、容姿だけ見れば二十代後半程度だろうか。
 俯きがちでも背の高さがよく分かる男、ブランに覚える既視感の正体をグレンはきっと最初から知っていた。
 オリヴィエ。
 Olivier。
 謳う玲瓏な声。
 白い人影、青い人影、赤い人影。
「壊れ性能」に間違いはなさそうだ、とグレンは携えた剣を緩く構える。
 ふ、とブランが顔を上げる。
 飴色の目と、視線が合った。
 ――と、思えば、その色はすぐ目と鼻の先にあり、グレンは驚愕よりも早くその場から無理やり退く。
 無造作に薙いだブランの腕が一拍遅れて凄まじい風を巻き起こし、その風が止むより早くブランは再びグレンへと向かう。
 やはり無造作な蹴りを避け、振るう剣をブランも避ける。
 剣と生身の応酬、その間に見るブランの顔は表情という概念を知らないかのような無表情だ。
 ブランはグレンの剣を素手で弾くと、とん、と軽い足取りで距離を取る。

「――ひとの顔をそんなに見つめないでくださる? 老けたおっさんと見つめ合ってもブランくんちっとも楽しくない」

 がくん、と首を傾げながらの第一声は、なんともひとを小馬鹿にしたような声音をしていた。
 一言発したことでブランのなかでなにかが動き出したのか、彼は更に続ける。

「まったく、やってられねえわー……完全凍結されてたし、今後もお目覚めの予定なく健やかに死んでるはずだったつうのに、なにが悲しくて棺桶に片足突っ込んだおっさんのために労働しなきゃなんねえのよ。
 あんた、なんだっけ? まあ、いいや。あんたもさっさと俺を攻略してね。俺はさっさと帰りたいんだ」

 ぺらぺらと無表情の割に抑揚高く喋ったブランは最後に「やーれやれだ」と肩を上下させた。

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