小説
二十三話



 斬る。
 斬る。
 斬りる、斬りれ、斬らる、斬れ斬れ、斬るる。
 ――斬るのだ。
 破顔一笑、踏み込み一閃、剣が歌う。
 楽しい楽しい斬るのは楽しい。

「呵々々! なんと愉快な!! 良き音色、良き手応え、楽しけれ、斬撃の宴ぞ楽しけれ、目的在ることのなんと煩わしい!!!」

 笑石が困ったように、それ以上に楽しそうに笑いながら両手に携えた剣を振るう。
 なんと巧みなことだろう。
 なんと冴え渡る剣筋であろう。
 応えて振るう潔志の神剣も、歓喜に狂喜に震えだす。
 楽しい楽しい斬るのは楽しい。
 これだから斬るのはやめられない。
 やめるという発想はそもそも持ち得ないしこの世の理にすら存在し得ない。
 斬るのだ。
 斬ることは当然なのだ。
 息を吸うように、水を飲むように、我が子を抱きしめるように、歌うように。
 斬るのだ。
 斬って斬って、斬りたいから斬って斬って果てまで斬り続けて果てさえ斬りこじ開けて更に進んで尚をも斬ろう。
 重なる斬撃の音色。
 重なるのだ。
 初めてのことに潔志の心は揺れる。
 斬ることは当然で、斬りたいから斬って、斬る自分と斬りたい相手がいて、でも共に斬ってくれる相手はいなかった。
 今まで、何処にもいなかった。
 けれども、いま、潔志と笑石は共に斬撃を重ねて同じ音色を奏でている。

「でも、それでも笑石は俺を斬りたいから斬るだけではないんだろうっ? 自分を取り戻したいから俺を斬るんだろうっ? 俺以外では駄目で、俺だからこそ斬るべきで斬りたいと思ってくれるお前が嬉しいよ照れくさいよ恥じらうよ!! でも、でもでもでもっ、お前は俺の向こうに俺のなかに相刃を求めてやまない、そうなんだろう!!!!」

 重ねても僅かに交じる雑音が、これほどまでに不快な不協和音となるなんて、潔志は悲しくて苦しくて悔しくて、笑石の持つ剣を斬り飛ばす。
 ふ、と宙空に浮遊する剣が落ちて、再び笑石の両手に収まり、彼はその剣で潔志の一閃を受け流した。

「是、是、是、如何にも!! 余は余でなければならぬ、余を余以外に斬り歪めたは相刃ぞ! ああ、ああ、あな憎らしや! この身、この胸に蟠る違和さえなければ、余は余のまま余が思うまま無垢に無邪気に思う存分に潔志を斬れようものを!!!」
「じゃあ斬れよ! 目的も! 過去も! 自分も斬って俺に向かってこいよ!! そんな笑石こそを俺が斬る斬りたい斬るんだよ!!!!!」

 激しい音色を響かせて、斬撃は謳い叫ぶ。
 ただ斬りたいから斬る潔志。
 斬らねばならぬから斬りたい笑石。
 もう少し、あと少しで完全に互いは重なり、混じり合えるというのに、ほんの僅かに足りない。ほんの少しすれ違う。
 溶け合い、混じり合い、偏に斬撃を欲する心を重ねて斬り合えば、それはどんな悦楽にも勝るだろう。
 熱く火照った呼気を漏らし、潔志はさあ斬れ、斬るのだ、斬らねばならぬと誘い、求め、斬りかかる。
 最初に求めたのは笑石ではないか。
 それなのに、よそ事混じりだなんていただけない。
 求めるのであれば全力で。
 全身全霊で斬ってこそ。
 そうでなければ、心の一滴までも絞り尽くした応えなど斬り返しようがないではないか。
 描け剣閃、心のままに。
 斬って求めて斬りたいと求めて斬るのだ。
 潔志と笑石はまるで腹を割って語り合うかのように、顔を切なく歪め、怒りに顰め、恥じらいにはにかみ、斬るという一点のみが残るまで互いを斬り合う。
 手は痺れ、斬り裂かれ、貫かれずとも掠めただけで血華咲かせる一閃に肌を染め、それでももっともっとと斬り合って、気づけば笑石の剣は宙空に幾振りも残っていやしない。
 荒々しい呼気、目は爛々と互いを見据える、睨み合う。
 想う心を斬り削ぐほどに斬り合って、そうまでして求めても互いの斬撃は重ならない。
 そのことが憎い。
 そのことが忌々しい。
 そのことが、仕方ないことなのだと諦念を湧き上がらせる。
 何故ならば、互いは互いの真実求める相手ではない。
 潔志は相刃ではなく、笑石は源柳斎ではない。
 真実斬りたいのは相手ではない。
 それでも斬るのだ斬りたいのだと妥協混じりの斬撃が、どれほど悔しいものかを互いに承知して、そこで終わってしまうことに苛立ちながら尚々斬り合うことを止められない。
 止まる必要などはなし。
 斬るのだ。
 理のままに。
 斬る、斬り、斬りれ、斬って、斬りたい。

「俺を斬らないお前を斬らせろ笑石いィィィィィッッッッ!!!!」
「呵々々!!! 善き哉、いざや参れ!!! 余を斬り受け止めてみせよ!!!!!」

 最後のひと振りが笑石の手に収まる。
 真白の鋼が刹那に混黒へ染まり、構えるは大上段。
 疾駆する潔志の一閃と振り下ろされる笑石の一閃が交差する。
 ぴしり、と走ったのは亀裂。
 幾千、幾万の朝と夜。
 ひたすらに待ち続けた朝と夜より以前、笑石は確かに名と魔族の縋る対象というばかりではない、隠仁の頭領であった。
 異能を持つ隠仁の一族を率い、守り、外的を屠り、相刃と戦ったのだ。
 斬撃に対する果てしない我欲と執心が、潔志と笑石の間にある決定的な経験と実力の差をこの瞬間まで埋めてきた。
 けれども、最後の一閃。
 魂を、命を絞り尽くして込めた笑石の一閃は、とうとう潔志を斬り裂いた――はずであった。

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あきゅろす。
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