小説
十一話



 不思議なことに、否、不気味なことに。
 これほどまでに「異端者」が侵入しても魔族からの襲撃がない。
 警戒する気持ちを吐露するフェートに、潔志は苦笑いして「なんだか想像つくなあ」と呟いた。

「想像、とは?」
「うーん、お約束ってやつかな」
「なにか備えることは……」
「あはは、備えようがないっていうか……斬るんでしょ?」

 単純明快。
 そのために来たし、それ以外にないのだ。
 万難全てに斬撃という最適解を。
 笑う潔志にツァーレが「そうですな」と迎合の笑みを浮かべる。いや、迎合ではなく、同じだ。同じ笑みだ。
 同じ道を進み行くふたりに、フェートは途方に暮れる。
 待ってほしいのだ。
 置いて行かないでほしい。
 けれど、どうしてそんな言葉を声に出せただろう。
 行かなければ、往かなければ。
 そして、暗惡帝を斬らなければ。
 理解をしては、納得をしては「それでも」とフェートは揺らぐ。
 それが「思考」であると、それが「心」であると、この世界の多くの人間は知らない。知らないから、誰もフェートにこれまで教えてこなかった。
 そうして、こどもは成長し切らぬままに現実を迎える。

「ああ、やっぱり『こう』くるかー」

 呑気そうに呟く潔志の言葉は場違いに過ぎた。
 坂道を越えて小高い平野に立った三人の向こうに、暗惡帝の居城が見える。
 ぽ、ぽ、と牡丹雪が降るなか、魔族がいた。
 鶴翼築いた魔族たちがいた。
 何人、何十人。百はきっと超えるだろう。
 千にはどうか。きっと届かない。
 魔族たちは皆、武器を携えて潔志たちを睨んでいる。
 凄まじい憎悪を宿して睨んでいる。
 フェートは喉がからからに渇いていくのを感じたが、潔志はなんら気負った様子もなく、ツァーレもまた「バリオルは随分と魔族を間引いたものだ」と何気なく言った。
 そうだ、そうだろう。
 武器を向けている。
 彼らが一斉に向かってくるもの、であるならば、三人、実質二人と未熟者一人に対して過剰戦力として見るのが妥当だろう。
 だが、あれが魔族総員であれば?
 非戦闘員を除外したとしても、武器を持てる全ての魔族を集めての数であるならば?
 全世界がバリオルしかいないなか、なんてこと。あまりにも、少ない。

「突っ切るしかないかな」
「潔志殿は覡とそうなさるといい」
「うん? ツァーレくんは?」

 しゅるりと刀袋を解いた潔志が首を傾げれば、ツァーレが大鉄扇を両手に魔族を見据える。

「有象無象を引き止めることくらいはしてみせましょう」
「っツァーレ、そんな……無茶です!」
「恋しい方のための無茶ほど心躍るものはない。お前はそれを知らんのだ、この青瓢箪が」

 ふん、とフェートを鼻で笑ってみせるツァーレが嫌に懐かしい。
 フェートは縋るように潔志を見上げたが、潔志はツァーレを見て困った顔をしている。
 もっと焦るべきところではないのか。
 もっと悲壮感募らせるところではないのか。
 フェートは苛立ちにも似たもどかしさを「潔志」に抱く。
 このままではツァーレは――

「死んじゃうかもしれないよ?」

 あっさりと、潔志は言った。

「なんの。斬る先の結末など瑣末でありましょうや」
「そっか。それもそうだね。そうなのか。きみは斬るのか、斬るんだね」
「はい、斬るのです。潔志殿のようにとはいきませんが、まあ斬ります。そこにいるので、斬っておきます」
「斬りたいから?」
「我欲に始まるものではないながら」
「それでも斬りたいから?」
「はい、俺は斬りたいので斬ります」
「うん、じゃあ斬るといいよ」
「はい、じゃあ潔志殿、これにておさらばです」
「うんうん、じゃあね。良い斬撃を」
「ええ、はい。潔志殿も良い斬撃を」

 気が触れているとしか思えぬ狂気の、凶器の、斬撃の会話。
 潔志は片手に神剣携えて、もう片方の手でフェートの片手をとった。
 こんなにも降りしきる雪のなか、潔志の手は暖かにフェートの手を包む。

「鶴翼の陣って敵を囲むのに便利なんだっけ? 特に俺たちは三人だし、最奥には大将がいるとかなんとか……まあ――」

 潔志がわらう。
 並んだツァーレもわらったようだ。
 ふたりの声が重なった。

「――斬るだけだ」

 疾駆。



「ははあ、真理ですな」
「なに」

 ベルがしみじみと呟けば、前を、神子たちを見つめたまま朱牡丹が問い返す。

「バリオルに同調するわけではありませんが、あの大男がいるでしょう。あれが恋しいもののために無茶をするのは心が躍るなんて言うものですから、なるほどと思ってしまうわけですよ」

 ころころと笑いながら、ベルは内心で思う。
 貴女もそうだったでしょう、と。
 いや、今もそうなのかもしれない。
 がらりと人が変わってしまった朱牡丹だけれど、行動の基準は、理由は、根幹は変わっていない。
 だからこそ、ベルは寂しい。

(レイデェ、貴女が聖上のために一所懸命な姿が好きです。なにかを成し遂げ、聖上の言葉一つで頬を染める貴女は何にも勝るほど美しかった。聖上の一挙一動に一喜一憂する貴女はいつまでも見つめていたい、七色の硝子のように美しかった。聖上のためならば、と言う貴女はいつだって綺羅ゝゝと……)

 すラッ、と朱牡丹の双剣が抜かれる。
 全魔族が武器を構えた。
 この地方にいる魔族のなか、武器を持てるものはベルが扱き上げてきた。
 この場にいないのは武器を持てないほど筋力のないこどもか、武器も持てないほど弱って命の灯火消えかかっているものだ。
 老若男女の区別なく、戦える魔族は全て此処にいる。

「ははは。さて、いきますか」
「ええ、いってもらいましょう」

 氷を打つような声が魔族たちに浸透する。
 死に物狂いで抗え、と。

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あきゅろす。
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