小説
一話



 恥の多い生涯を送って来ました。
 自分には、人間の生活というものが、見当つかないのです(太宰治 一九四八年 人間失格 筑摩書房)



 ベルが生まれたのは北に位置する小国で、資源が少なく特産品といえるものもぱっとしない。周辺国に食い潰されるしかないような国であった。
 しかし、たった一つの理由によって、その小国は長く存続し、これからも存続を望まれている。
 その小国の国民は端的に言ってしまえば戦闘民族であった。
 男子は食器の扱いと一緒に武器の扱いを教えられるし、女子は針よりも包丁よりも剣の扱いに長けている。
 小国は優秀な傭兵の「産地」なのだ。
 当然ながらバリオルとして神を信仰することに変わりはない。
 世界は一つの宗教に統一されようとも、宗教以外にも火種というのは転がっている。神を持ち出せば解決すること多々あれど、それ以前の小競り合いにはだからこそ、自らの国民を傷つけず傭兵で用を済ませたいと思う国には事欠かないのであった。
 ベルにはこの仕組みが大層不思議に写った。
 なにも人類が争うことに不思議を抱いているわけではない。
 そも、この世界の成り立ちが人と魔族の争いに神が介入してのものだ。争い大いに結構。
 ベルが不思議に思うのは、魔族を悪しきものとして排他する以外は命の平等を説くくせに、傭兵の命を惜しみなく金で買い、ばら撒く姿勢である。
 傭兵稼業で成り立っている小国なので、そういった世情でなくては国家崩壊を招くことは理解しているのだけれど、なんとなく腑に落ちない。
 自国民の消耗を抑えたいという政治的な意図とて分からなくもない。人的資源は大切にするべきだ。
 されど、されどされど、命の平等を謳い、自国への愛を説くのと同じ顔で戦地へ傭兵を送り出していく姿は奇妙な捻じくれとしてベルの目に写る。

「いや、賢しら振った物言いはやめよう」

 ベルにとっては多くの人間が意味の分からない生き物であった。
 食事をするのにも形式を整えて、寝床にだってこだわりを持って、他者との関係を一定で維持するために思ってもいないことを吐き出す。
 人間とはなんて奇妙な生き物なのだろうか。
 気味の悪いもの、理解のできないものを排他する人間らしい部分をベルも所持していたので、傭兵稼業の国に生まれたことは彼女にとって幸運である。
 いくら殺したとしても咎められることがない。
 敬虔なるバリオルたちは神に恥じぬように、咎められるような生き方を避けるので、うっかり殺してしまえば非難の声は想像したくもない。

「いいや、取り繕うのもやめよう」

 女に生まれたにしては傭兵として使えるこどもだと抱き上げてくれた大人が魔族だと判明したベルに対して傭兵として持ち得る技術で以って血潮の熱を浴びせて戦闘民族の女なりに嫁ぐ際に美しく見せるために慣習として伸ばす髪を丸刈りにされ使えない使ってはいけない危険な胎だと熱した杭で塞いで十字に磔にして未来の傭兵たちの訓練用人形として扱ったバリオルとかいう人間とかいうあの地獄の悪鬼も斯くやという連中たちと種族を同じくする腐れ外道どもが憎くて憎くて憎くて手当たり次第に殺して視界から消さなくてはいられなくてバリオルの創りだした秩序で成り立つ世界をぶち殺してしまわなくてはこみ上げる吐き気にいずれは吐瀉物で窒息してしまいそうなのだ!

「いやいや、嘘を吐くのもやめよう」

 バリオルのなかにも悪人はいる。
 ベルが生まれたのは傭兵稼業で稼ぐ北の小国にある集団生活を営む教会のなかで、そこで暮らす女が手酷く強姦されて孕んだのがベルであったのだ。
 生まれるこどもに罪はない、だなんて。
 その言葉そのものが吐き気がするほど罪深い。
 尊厳を踏み躙られた女は精神に異常をきたし、それでも子どもができたことは認識して産みたくないと必死に泣き叫んだという。
 それでも、こどもに罪はない。神は祝福してくださる。くそったれな言葉を慈愛の表情で吐き捨てた周囲が無理やり産ませたのだ。
 そうして、生まれたのは魔族であった。
 女はとうとう完全に精神崩壊した。
 罪はない? 神は祝福してくれる?
 嫌だと暴れて泣き叫ぶ女を押さえつけてでも産ませたくせに、魔族と判明すれば教会の人間はこぞって生まれたこどもを罵った。
 教会に暮らす敬虔なるバリオルから生まれた赤子という、罪を犯していない魔族であるからベルは殺されずに済んだ。
 手違いで殺すことなど簡単であっただろうに、バリオルの高潔さには涙が出そうである。
 ベルは粗末でも食事を与えられたし、水をぶっかけられる程度でも沐浴を許されたし、粗布であっても寝床があった。
 同時に与えられたのは罵倒と人格否定と存在拒否と必要以上の体罰と、魔族の胎から新たな魔族が生まれることのないようにする処置である。
 ベルには名前すら与えられなかったし、こどもならば誰でもあるような失敗をすれば周囲の女が誰も美しく伸ばしている髪を丸刈りにされるという罰を受けたし、ベルの股ぐらが初花が咲いた知らせを流すことはない。
 そういうことをされるのをベルは当然であると思っていたし、特別辛いとは思わなかった。
 物心付く前からの扱いにどうして不満という発想を持てるだろうか。
 むしろ、ベルは自分にそういうことをするバリオル、人間たちと同じ営みをしなくてはならない、するということのほうが気持ち悪かったのだ。
 いや、それ以前に、そういう人間の営みというものがどういうものであるか、ベルは散々見聞きしているはずなのに、いざ想像してみても、実行しようとしてみても、皆目検討つかないのである。
 ははあ、なるほど。これはバリオルが自分を魔族と罵るのも当然であると、ベルは随分恥ずかしい思いをした。
 そんな恥ずべき己を自覚するベルなので、美しいひとを美しいと認識できたことは表現するのも難しいほどの喜びであり、その美しいひとが振る舞ってくれた菓子を美味だと思えたことは、生涯忘れ得ぬ大切な思い出なのであった。

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