小説
影(前)
・殺し屋さんに目をつけられたこども



 物凄く見も蓋もなく、且つ滑稽な言い方をするのなら、エディトの職業は殺し屋である。
 それも、全くもってたちが悪いことに、もはや企業と言ってもいいような組織ぐるみの殺し屋である。
 表向きはハウスクリーニングと銘打ってあるが、掃除するのは大抵が人命そのものであるとか、既に肉の塊と化したものであるとか、ある意味ブラック企業だ。
 たちの悪さといえばもう一つ。エディトに暗い過去はない。金に困った覚えもない。にも関わらず、何故殺し屋企業を経営しているかといえば、エディトはからから笑いながら言うだろう。

「暇潰し」

 エディトは人生に刺激を求める、十七歳の若者だった。



 サプレッサー独特の音が鼓膜に響く屋敷を、エディトは燕尾服にシルクハットといういかにも舐め腐った服装で闊歩する。当然、エディトはアポ無しの招かれざる客、侵入者であるので、エディトの周囲にパンパンズガンズガンやっている部下同様、銃口を向けられているのだが、部下が一生懸命ズガパンズガパンやっているので、今のところエディトに鉛弾は届いていない。

「不味いな……」
「どうしました、社長」

 エディトが不意に漏らした深刻な声音の呟きを拾い、秘書兼右腕という名のオールマイティパシリである喜八が隣に並ぶ。

「なんか今日はやけにお出迎え多いと思ったらさ、あれだよ」
「なんですか、社長」
「俺がダンディなロマンスグレーじゃないから怒ってるんだよ。こんな中途半端なジェントルぶり、俺だったらRPGぶっ放して、ミンチ肉をエーゲ海に散布してるもん」
「へえ、そうですか。おっと、照準合わせてパァンッ」

 口でパァンッというより早く、喜八の撃った弾丸が、凝った装飾を施された柱の影から狙いを定めていた凶手をヘッドショットする。

「そういやさ、もっと根本的なこと忘れてたんだけど」
「今度はなんですか、社長。はい、パァンッ、パァンッ、パァンッ!」
「ターゲットって具体的に誰だっけ……」
「しまいにゃ、あんたの頭にプラスチック爆弾移植しますよ、このスカタン。なんのためにお宅訪問してると思ってんですか。このお家のご主人がターゲットですよ」
「あ、そうだそうだ。今頃地下の隠し部屋でぶるぶる震えているであろう可哀想なおいちゃんをパァンするんだよな!」
「別に蒸し焼きにしてもいいと思いますがね」
「喜八ってば残酷ぅ!」

 げらげら笑うエディト達を、主人を守るべく応戦していた警護達は悪魔を見るような目で凝視した。だが、悪魔は悪魔らしい無慈悲さで以って、視線の代わりに銃弾を寄越す。
 くるくる片手に携えたステッキを振り回しながら、エディトは屋敷の奥へ進む。ターゲットの仔細は覚えていなかったが、屋敷の見取り図は完璧に頭に入っていた。次の廊下を曲がった先、奥から二番目の部屋の本棚の奥に、隠し部屋へと続く階段があるのだ。

「結構ひと死んだなー」
「撃たれる前に撃て、ですから」
「でも、俺ら攻撃しなきゃ、こっちだって攻撃しないのにな。まったく、皆さん血気盛んでいけませんわ!」

 きい、とハンカチを噛む仕草をしたエディトを止めんと、曲がり角から強襲した男は、突き出したナイフごと腕を切り落とされた。呆然とした男が状況を理解するより早く、眉間に突きつけられた銃口が火を噴く。
 男の腕を切り落とした仕込杖の血を払いながら、エディトは廊下を曲がった。

「あっはぁん、オープンセサミィ」

 金メッキのノブに手をかけ、エディトはドアを開いた。途端、銃弾がドアの向こうから飛んでくる。
 開いたドアに合わせて、ドアの後ろに移動していたエディトは壁に空いた穴を眺め、へたくそな口笛を吹く。喜八が面倒くさそうな顔で銃口を部屋へ向けようとしたので、エディトは待ったをかけた。
 怪訝な顔の喜八を無視し、エディトはひょい、と無防備に部屋を覗き込む。
 部屋の中には濡鴉の髪を肩に散らしたこどもがぺたん、と床に座り込みながら、ぶるぶる震える手で必死に銃を握っていた。恐らく、先ほど撃った衝撃で肩が上がらなくなっているのだろう、こどもの必死な様子とは裏腹に、銃は一向に真っ直ぐ前へ向かなかった。

「んー? どちら様かしら」
「ターゲットの子供でしょう」
「ああ、あの愛人との子だっけ?」
「お母様は愛人なんかじゃないっ」

 資料にあったような、とエディトが記憶を巡らせるのを、こどもの高い声が遮った。
 エディトの顔に意地の悪い笑みが浮かぶ。

「んん? おいちゃんの記憶が確かなら、ちびすけちゃんのママはなんだっけ、喜八の生まれた国……」
「日本」
「あ、そうそう。日本人で、東洋人なんかと結婚できますかい! ってパパがぶっちぎったせいで、きみが生まれても籍をいれてもらえず、来月辺りどっかの企業の娘さんと結婚という話に絶望首括ったよ! って話じゃなかった?」
「違うもん! お母様は自分でお父様のために身を引いたんだもん!! お父様だってお母様のこと、すっごく、すっごく愛しててっ」

 銃声がこどもの叫びを遮った。
 部下が取りこぼした人間が、エディトに銃口を向けたのを喜八が黙らせた銃声だ。
 こどもの顔が瞬時に強張る。

「……こないで」
「パパはこっちだよねえ?」
「こな、いで……」
「お邪魔しまーす」
「こないでよっ」

 立ち上がろうと力の入らない膝を震わせながらあがくこどもの前に、エディトは笑ってしゃがみこむ。上質な手袋に包まれた手が、こどもの銃をあっさりと取り上げ、部屋の隅に放り投げた。幸い、暴発はなかったけれど、喜八が顔を顰める。

「こないでぇ……」
「パパのところに案内してくれたら、見逃してあげるよん、とか言ってみたりして」

 涙をいっぱいに浮かべたこどもの目が見開かれ、まろい頬を涙が伝った。
 にんまりとまさしく悪魔の笑みで「どうする?」と問いかけるエディトに、こどもはゆるゆると首を振る。

「こないで」
「『きみがパパの居場所を教えてくれる』なら」
「こないで」
「きみは助かるんだよ? 廊下の向こうにはもう、殆ど生きてるひとはいない。きみは幸運な生存者になれる。それでも?」

 ぼろぼろぼろぼろこどもは涙を流しながら、エディトを睨みつけ、小さな手を振り上げた。

「こないでこないでこないでぇっ、お父様のところには行かせないもんッ!!」

 ぱしん、とこどもの手がエディトの頬を打った――が、その細い腕は大人の手にすぐ掴まれる。

「ひっ」

 腕を引っ張られ、踏ん張りの利かないこどもの身体があっさりとエディトの胸に倒れこむ。暴れるより早く、顎を掴まれて、こどもは間近でエディトの顔を見た。

「――よろしい、合格だ」

 恐ろしい人殺しは、まるでひとの好い小父さんのような顔をしていた。

「きみのお名前はぁ?」

 ひたり、と両頬を冷たい手で包まれ、こどもはがちがちと歯を鳴らした。
 こどもの目を覗き込むエディトの髪と同じ、灰色の目がゆうるりと細まる。

「…………れ、い」
「うん?」
「玲・オットー……」

 引き攣りきった顔と声音で搾り出されたこどもの名前に、エディトはうれしくて堪らないといった顔になり、小さなこどもの身体をぎゅうっと抱きしめる。

「俺はエディト、仲良くしようねええ」

 喜悦を含ませた声を最後に、こども、玲の意識は途切れた。


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