小説
八話
「熱々コロッケを頬張ってへにゃっと眉を下げなが笑う愛宕がクソ可愛い。俺が放課後に愛宕を商店街へ連れて行くのが日課になるのも仕方ない」
「お前、ホス狂いみたいなことになってる自覚ある?」
「愛宕に課金して愛宕のはにかみ笑顔が返ってくるなら実質只じゃね?」
「ホス狂いじゃなかった。重課金ユーザーだった」
いいんだよ! 一個四十円のコロッケで愛宕が「美味しいです、真司先輩」って見上げてくるなら只だろ!!
あー、愛宕に俺の知り得るありとあらゆるB級グルメを全て制覇させたい……
とりあえず、休日とか予定のない日は下町巡りをするようになった。
「彼女とのデートの下見する彼氏かよ……」
「彼女とかいう取り扱いに免許とか資格を設けるべき危険物と愛宕を一緒にするな」
「お前は一級危険物を回避できたじゃん」
「……元カノが新たに付き合い始めた彼氏が病ンデルだったのにも驚いたが、その病ンデル彼氏を疲弊消耗させる勢いのメンヘラになったのは衝撃だった……」
よかった。俺との交際中に爆弾が爆発しなくてよかった。
「お前ってなんやかんやひとを見る目がないよね」
「ほう、と言いながら俺は友人を見るのであった」
南方にビンタされた。
酷い! ってかお前、ビンタて……やけにスナップ利かせたビンタて……
「あのね、俺はお前が見つけたんじゃなーいーの。俺がお前を見つけてやったの。分かる?」
「お嬢様系ツンデレかな?」
真司くん、容赦なく喉に水平チョップかましてくる奴、嫌い。
咳き込む俺に心配や侘びの言葉もなく、南方は「それでさ」と話を続け始める。ぶん殴ってもいいんじゃないかな、むしろ殴ってやらなきゃだめなんじゃないかな。ほら、男ならやってやれって言うじゃない……
「お前が後輩くん可愛がってるのはいいけどさ、お前がそんな風に連れ回してて後輩くんにはちゃんとダチとかできてるの? できてたとして、遊ぶ時間とかどうしてんの?」
衝撃。
心臓にレールガンを打ち込まれたような気持ち。
ま、待ってくれ。
いやいやいやいや……いやいやいやいや!
「ほら、連れ回してるって言ってもっ? 昼休みとか、放課後、だけでッ?」
「十分じゃん。学校で一番長い自由な時間帯と、一日の出来事、明日のこと話す時間奪ってんじゃん。お前としてる寄り道ってさ、俺らの場合はダチとやってたよね?」
待って。
お願い、待って。
え?
俺はやはりクズ先輩だった?
新入生のめくるめく新生活を台無しにする破壊神だった?
へいへいへい、冗談きついぜ……
………………冗談だったらよかったね!!!
南方の言うとおりじゃねえか、どうすんだよこれ……ええー……入学式からどれくらい経ったっけ? 俺らのときはどのくらいでクラスメイトっつう区切りがまとまってクラス内のグループができたりして、友人という存在が定着したっけえ……?
待って待って待って。
思い出せ、俺。
愛宕が話す内容でそれらしき影はなかったか?
校内で見かける愛宕の周囲にはっ?
「……愛宕はさ……よく言うんだよ……『真司先輩のお話が聞きたいです』って……」
真司先輩のお話は聞いていてとても楽しいです。
そんな言葉を真に受けていた俺はとんだ馬鹿野郎なのでは?
あれじゃん、相手に話をさせることで自分のことを語らないとか、そういうあれじゃん……?
更に言えば、校内で見かける愛宕は大抵一人です。誰かといたと思えば教師と真面目な話をしています。以上!
「あー……やっちまった」
「後輩くん、愛想良かったしね。多分、そういう対応に慣れてたんでしょ」
そうだ、多分……でもなく、ほぼ確実に愛宕は結構な家の坊っちゃんなんだろう。
思い出す愛宕の言動に覗く育ちの良さ。
それに対して俺が行ったのはなんたることだ。あれか、ローマの休日気取りだったのか。愛宕はよくもまあ付き合ってくれたもんだ。
「やっぱり……いい後輩だよ……」
「反省したらできることあるじゃん」
「そうだな……」
俺には創作物で養った想像力を働かせることくらいしかできないが、家では色々あるだろうに……愛宕は学校という場所でも気を遣い通しだったわけだ。
申し訳なさすぎて胃が痛い。
南方の言うとおり、この反省を活かしてできることをするしかない。
善は急げだ。
俺は重課金後のカード請求がきたユーザーが如き表情で教室の窓を、その向こうに広がる青空を見つめる。
「あいきゃんふらーい……」
俺の謝意よ、愛宕のもとへ届け……
「……え?」
愛宕が目を僅かに見開いた。
俺はどん底にまで落ち込んだ気持ちを押し殺して、せめて愛宕がこれ以上気を遣うことのないようにいつもの調子で姿を見せた愛宕に接した。
昼休み。
いつもであれば、ここ最近の日常であれば、俺が愛宕に強いて日常にしてしまった恒例であれば、ふたりで昼飯食って他愛ない話でもしてたんだけどなあ……
「真司先輩、聞き間違いでなければ昼食を別々に、と仰いましたか?」
仰いましたよ。
これは「あの散々しつこかったこいつが?」とかそういう副音声があるの?
それとも「嘘じゃねえだろうな、言質とるからもう一度言え」とかそういう……?
これ以上考えると俺の胃袋と心臓が破裂しそうなのでやめよう……!
俺にできるのは努めてなんでもないように頷いてやることだ。
「おう。たまにはこっちこいってダチに誘われてたし、愛宕も同級生と飯食ってたほうが気楽だろ」
「そんなことはありません。真司先輩がご友人と過ごされるのは良いことだと思いますが、俺は――」
「いいから、いいから。あ、あと、急で悪いが、放課後も忙しくなるんだわ」
だから、糞先輩に構わず自由におなり……
「……分かりました」
愛宕に頷いて、俺はひらひら手を振って飯を食いに行く。
隣……正確にはやや後ろ隣が寂しいのは気のせいなんだよ……
だが、へこんでいる俺の気持ちを知ってか知らずか、愛宕が態々制服の裾を掴んでまで引き止めてきた。
おいおいおい、こんなときまでお前ってやつは可愛い後輩かよ。接待は……もういいのよ……?
「ん? どうした?」
「また真司先輩がお手隙になったら、商店街に連れて行ってください」
もう一人で行けるだろうに律儀なやつめ。
ああ、いや、そうだな。
「俺より、ダチと行ったほうが楽しいだろ。きっと俺より詳しいやつもいるだろうし、色々教えてもらえよ」
ほうら、同級生と出かける切っ掛けになるよお……糞先輩の罪滅ぼしだよお……!
ぽんぽんと愛宕の頭をいつもより念入りに撫でてしまうのは、やっぱり少し寂しいからだ。
同い年の連中と毎日騒いでりゃ、先輩なんていう部活とかでの繋がりでもなけりゃろくに顔や名前も分からない連中のことはすぐに忘れる。
一年早くいなくなるのは決まってる……いや、俺が留年しなけりゃ! しないけど! しませんけど!! とにかく、一足早くいなくなるやつにかまけてないで、青春謳歌してきんしゃい!
引かれた後ろ髪を千切る勢いで引き剥がし、俺は愛宕から手を離す。
「じゃあな、愛宕」
今度こそ愛宕に手を振って背中を向けた俺は、俺の背中を凝視する愛宕がどんな顔をしていたのか、やっぱり全然知らなかったんだ……
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