小説
素直なあの子
・ネタの不良と真顔で感情をそのまま伝える平凡



 大祐は持て余した時間を消費するように、制服に忍ばせていた煙草を取り出して火を点けた。教師に見つかれば面倒臭いことになるけれど、今日この時間、校舎裏は最もひとが少なく、また念を入れて舎弟を何人か見張りに立てているため、大祐は安心して煙草を吹かしていられる。
 チェーンスモーカー故に咥えた一本が適当に短くなると、大祐は咥えた煙草をそのままに新しい煙草へと手を伸ばそうとした。しかし、その手は近づいてくるひとの気配に止まる。
 舎弟からの連絡はない。ならば、この気配は恐らく大祐が待っていた人物で間違いないだろう。
 咥えていた煙草を地面に落とし、ぐり、と踏みにじって火を消す。同時に、待ち人はやってきた。

「あの……」

 手紙を片手に、まるで大祐を凝視するかのように真顔で見上げてくるのは、ひょろり、と痩せた同い年ほどの少年で、彼の名を治朗と云う。

「この手紙は、高橋先輩が……?」

 まるで違うことを祈るような声音で問いかける治朗に、大祐は容赦なく頷いた。とたん、治朗の肩が震えるけれど、その顔には一切の動揺はない。真顔のままだ。
 大祐が治朗に宛てた手紙には校舎裏で待つ、と簡潔な一言のみで、差出人名すら添えていない。にもかかわらずやってくる治朗は、ひとが好いのか馬鹿なのか。手紙を出しておきながら、大祐にも判断はつかない。
 治朗がふるふると震える理由は、大祐にも察せられる。
 大祐は不良だった。それはもう、在籍する高校のみならず近隣に名を轟かすような不良だった。そんな人物に校舎裏に呼び出されればいったい自分はなにをした、と嘆いても仕方がないだろう。しかし、大祐はいま治朗が考えているであろうこと、たとえば治朗をパシリにしたり、サンドバックにしたりしようと思って彼を呼び出したわけではない。
 それを証明するように大祐はひとつ深呼吸をして、真顔の治朗の正面に立つ。身長差のせいで見下ろすことになり、増した威圧感で治朗は思わず、といったように一歩後ずさる。真顔のままなので大祐にドン引きしたようにも見えて挫けそうになるが、大祐は心を強く持って口を開いた。

「俺と付き合え」

 大祐は治朗が好きだった。
 何故好きなのか。それは大祐にも分からない。ある日、ある時、登校中の次郎の真顔を見た瞬間から、大祐は治朗が気になって気になって目が離せなくなった。見かけるたびにぼうっと見つめ、それはひと目惚れではないかと舎弟に指摘され、自身の感情に気付いた。
 それから暫く、見かけたときにだけ観察するという変わらない状態が続いたが、ついに大祐は告白を決意して今に到る。この瞬間を迎えるまでの期間は、大祐の甘酸っぱい初恋を煮詰めに煮詰め、ぐちゃどろの凝固手前、濃っゆいものへと昇華させている。ここで治朗が「NO」と言ったならば「Yes」というまで大祐は粘着するだろう。恋とは残酷である。
 真顔で今度こそ大祐を凝視する治朗に、大祐は一歩詰め寄る。切羽詰った顔は睨んでいるようにしか見えず、血走った目が恐ろしい。真顔のままがくがくと膝を振るわせた治朗は、何度か歯の根が合わない口をかちかち言わせたあと、掠れきった声を出す。

「怖い」

 大祐は硬直した。ぎしり、と動きを止める大祐に追い討ちをかけるように、治朗は再び口を開く。

「怖い、すごく怖い」
「……そんなにか」

 真顔のまま恐怖を訴える治朗に、大祐はしょんぼりと肩を落とす。拒否されたら思い余った行動に出てしまいそうだったが、決して治朗を怖がらせたかったわけではないのだ。
 不動明王の如き顔から一転、おつかいで買ってきた卵を落としてしまったこどものような顔になった大祐は「ごめんな」と呟いた。

「お前のこと好きだから、恋人になってほしかったんだ」
「怖い……困惑してる」
「ひと目惚れだった」
「吃驚」
「真顔過ぎて驚いてるように見えねえけど、うん、まあそういうことなんだ」
「そうですか……困りました」
「困ったのか?」

 治朗は頷く。真顔のためにやけに重々しく感じられ、大祐はごくり、と唾を飲み込む。

「下駄箱に手紙が入っていたときは恋の予感にときめき、しかし内容に不審と警戒を覚え、それでも棄てきれない淡い期待に従いやってくればいたのはかの有名な高橋大祐。絶望と恐怖に叩き落されたところに告白。吊橋効果が起きてもおかしくないほどの混乱に落とされ、さてどうしたものかと困っています」
「そのまま吊橋効果発揮すればいいのによ……」
「怖い」
「悪い」

 即座に恐怖申告され、大祐は謝る。
 大祐が治朗と直接やりとりしたのはこれが初めてだが、治朗はよくいえば素直、直接的に表現すれば感情があけっぴろげだった。不良相手だろうが怖ければ怖いというし、困惑すれば困惑したという。ならば、嬉しければうれしいというのだろうか。

(好きになってくれたら、それも言ってくれるのか?)

 告白を「怖い」と一言で切り捨てられた大祐の沈んだ胸に、微かな期待が灯る。
 もとより、即答で快い返事がもらえるわけがないのだ。そうなればちょっとやらかしちゃうかも、と思っていたが、なるべくそれは回避して地道に好感度を上げていくのが正道であることくらい大祐とて理解している。
 後ろに前向きな大祐だったが、僅かに後ろ、一般的には前へ思考が向き始める。

「あ、あのよ……」
「なん、ですか……?」

 怯える声音に震える肩に再び思考が後ろへ戻ろうとするが、大祐はなんとかこれだけは、と搾り出す。

「少しずつでいいんで、仲良くしてくれると、うれしいなあ、って……」

 仲良くしたいな! なんて、自分のキャラではないと大祐は自覚している。ひとに見られたら羞恥のあまり殴りかかって記憶よ消えろといわんばかりに頭部を狙ってしまいそうだが、恋とはひとを変えるのだ。この羞恥プレイも初恋成就のためならば堪えられる。そしてこれすら拒否されたらなら、そのときはもうかの有名な「お前をXXして俺もXX」である。

「…………緊張」
「……俺もだよ」

 もはや表情筋が真顔で固定されているのであろう治朗は、おずおずとした仕草で大祐に一歩と近づいた。

「怖い。怖いけど、少し嬉しい。あと、多大に恥ずかしい」

 大祐は、いまなら県下統一もできると確信した。
 とりあえず、治朗に「これからよろしくな」と携帯電話のアドレスや番号を交換して、ひとしきり浮かれたあと覗き見して「うわー、兄貴趣味わるー」としょっぱい顔をしている舎弟を殴りに行こうと大祐は決めた。

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あきゅろす。
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