小説
五話



 高校生の昼飯というのは重要だ。それは愛宕も例外じゃなかったのか、食堂の一件から愛宕は俺を見かけると「真司先輩、真司先輩」と寄ってくるようになった。
 よかった、オムライスを架け橋に俺は糞先輩を脱したんだんだ……!
 しかし、糞先輩であったという過去が消せるわけでもないので、俺は糞先輩であった俺を赦し慕ってくれるような愛宕をめちゃくちゃに可愛がった。
 体育会系部活の闇とか銘打たれて聞くような意味深な可愛がりではない。
 可愛いやつめ〜! と全力で猫かわいがりだ。
「愛宕くんといるときのお前のキモさはアイドルのスカートの下を撮ろうと必死なデブに似てる」とか言ってきた南方は絶対に許さない。
 昼休みは購買に行こうとすれば十中八九食堂に行く愛宕と会うし、最近では購買に行く俺に愛宕がついてきて、そのまま食堂で一緒に食事をするという流れになっている。
 愛宕はいつも楽しそうにメニューを選んでた。
 バターコーンラーメンやら、五目チャーハン、からあげ定食なんて最初の印象からは似合わないものをきらきらした目で注文しては嬉しそうに、楽しそうに食べている。
 なんとなくだが、俺は愛宕がこういう……B級グルメとかを殆ど食べたことがないんじゃないかと思う。
 五目チャーハンを食べたときなんて「真司先輩、伊達巻が入ってました」とケツにドライヤーをかけられた猫みたいな顔で報告してきたし。
 そんな可愛い後輩の愛宕くんがしょんぼりした顔をしています。ウルトラスペシャルベリベリナイスクールガイ先輩はどうするべきでしょうか?

「よっしゃ、相手の名前こっそり教えてみ? てめえの尻穴でカエルの卵孵化させる理科実験させてきてやっから!」

 犬歯が輝くほどに爽やかな笑顔で促せば、しょんぼり顔していた愛宕は「すみません、なんのお話でしょうか?」と怪訝そうな様子を見せる。
 え? 誰かにいじめられたんじゃないの? 真司先輩の早とちりだった? やだ、はずかちい……!
 これは南方にきめえと言われるわけだと納得。
 じゃあ、愛宕が雨に打たれた猫みてえになってる理由はなんなのか。
 先輩の身ではあるが、最近じゃ愛宕モンペになりつつある俺としてはこのまま放置など断じてありえぬ。

「よし、詳しい話を聞こう。昼飯食いながらでいいか?」

 飯も食わずに午後の授業は辛いだろう。
 きっと、愛宕は俺や南方のように教科書に早弁隠したりなんてしないんだ……
 俺は空腹を堪えて午後の授業に望む愛宕の切ない顔を思い浮かべて泣きそうになった。
 だが、目の前にいる現実の愛宕まで切なそうな顔になったので、俺はカッと目を見開く。

「あの……」
「おう」
「大したことじゃないんです」

 愛宕がこんな顔してるってだけで大したことだから。終わって余裕こいてたら終了一分前に答えがずれてたことに気づいたマークシート並に緊急事態だから。

「今日は……今日から、弁当を持たされることになりまして……」
「……うん?」
「……食堂のメニューが選べなくなってしまったのが、ちょっと残念だっただけなんです」

 些細なことでしょう、と笑う愛宕の眉は下がっている。
 些細か重大かで言われたら、俺はもっと悲惨なことを想像してたりもしたので些細なのかもしれないが、俺のそんな物差しはどうでもいいだろう。

「愛宕は残念なんだろ。だったら、些細とか関係ねえよ」

 愛宕が俯きがちになっていた顔を上げておずおずと視線をよこしてきたので、ここぞとばかりに頭を撫でておく。今日もさらっさらだった。
 それにしても、愛宕はそんなに食堂を楽しみにしてたのか……

「弁当ってどんなん?」

 手ぶらの愛宕に問いかければ「普通です。普通の、和食です」と返ってきた。
 普通の和食……
 思い出すのは食堂で愛宕が幕の内弁当などに全く興味を見せなかった様子。
 多分、恐らく、きっと、俺の予想は間違ってはいないんじゃなかろうか。

「お重とかそういう?」
「はい、もちろん一人用ですが」

 きっと、そのお重のなかみは全面茶色とか、そういうことはないんでしょうね……四季折々の食材が色鮮やかに目を楽しませてくれるんでしょうね……
 目が遠くなりかけたが、ひとまず俺は愛宕のしょんぼり理由を理解した。
 やはり、愛宕はB級グルメを気に入っているんだろう。そして、それを家では食べる機会がまったくないのだ。
 恐らくは唯一の機会だったのではないかと思われる食堂が、どういうわけか急遽弁当持参ということになってできなくなった。
 よしよし、おーけーおーけー、真司先輩把握した。

「愛宕、飯食う場所にこだわりってあったん?」
「え」
「ほら、今までは食堂使ってたけど、必要ないってんなら教室で食うこともできる、し……」

 待って。
 なんで雨の日の捨てられた子犬みたいな顔するの。
 待って、大丈夫。俺はラノベの鈍感系主人公じゃない。

「愛宕がよければだけどさ、昼飯自体はこれからも一緒ってことで構わねえの? なんかもうそういうサイクルになってっから、いきなり『先輩あっち行ってください』とか言われると切ないんだけど」
「そんなことは言いません。一緒がいいです」
「よしよし、んじゃ昼飯はこれまで通りな。それでさ――」

 嬉しいことを言ってくれた愛宕に内心でガッツポーズをとっていた俺だが、現実では俺の言葉にきょとんとした顔をする愛宕の顔を流れるように携帯電話で撮っていた。

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