小説
四話
愛宕と一緒に食堂へ入ると、少しだけ空気がざわっとした気がする。主に新入生のほうから。
ちらりと後輩を見下ろせば、不思議そうに見上げてくる愛宕と目が合う。
きれいな顔だ。こりゃもう人生の勝ち組まちがいなしだ。
そんでもって新入生代表になるような成績とくれば、学年では随分目立っているのかもしれない。ひょっとすると、そのうち二年や三年のほうでも名前を聞くようになるんかね。
「真司先輩?」
「なんでもない。よっしゃ、なに食う? 遠慮すんなよ、成長期」
「それは、嫌味なのでしょうか……」
愛宕はざっと見渡した新入生のなかでも小柄な部類だ。
少しばかり拗ねた顔をする愛宕が妙にかわいくて、わしゃわしゃと頭を撫で回す。髪の毛さらっさらやでえ……
「嫌味じゃねえよ。お前手足長いし、多分結構背が高くなると思う」
「真司先輩よりですか?」
「え、そりゃー……どうだろ」
俺はそこそこ背が高い。そんでもって、まだ微妙に伸びてる。
愛宕がにょきにょき伸びたとして……とんとんくらいが精々なんじゃねえかなー。
「あんま背が伸びすぎても服選ぶのに困るだけだし、ほどほどが一番だって。ほら、飯食う時間なくなんぞ!」
最後に軽く愛宕の頭を叩いて、食券を買いに行く。
……俺にまで視線が向けられて、ざわざわしてんのはどういうことですかね。
愛宕よ、お前は学年でどんな地位を築いているんだ。
俺のなんともいえない気持ちはしかし、愛宕がオムライスなんぞを選んだことで霧散する。
うちの学校は券売機のところにちっさくても画像が載ってるから、オムライスがどういうものか愛宕が分からないわけはない。
このオムライスは薄焼き卵を被せただけというカーチャン仕様でこそないが、ケチャップで味付けしたチキンライスに厚ぼったい卵で包んだ上に更にケチャップをかけたものだ。
間違ってもふわとろだの、デミグラスソースだの、オムレツを乗っけて切ってだのという代物ではない。
あんまりな言い方をすれば、お子様大喜び仕様だ。
再び愛宕の頭をわしゃわしゃとかきまぜたい衝動と戦い、理性の俺は数発殴られながらも欲望の俺に打ち勝つ。
「真司先輩はなにになさるのですか?」
「俺かー、俺はワカメ蕎麦かなー」
愛宕が悲しい顔になった。
何故だ。
「それは……俺がオムライを選んでしまったせい、でしょうか」
「え、なんで……」
俺は券売機を見る。
オムライスはとんかつ定食よりは安いが中堅クラスのお値段で、ワカメ蕎麦は金欠生徒の強い味方だった。
「ッ俺は! ワカメが! 好きなの!! 海藻好きなの!! ひじきとか喜んで食べるの!!!!」
「す、すみませんっ、失礼しました! で、ですから声を……っ」
俺を侮辱するのはいいが、ワカメの侮辱は許さん。
「ワカメを笑うものはワカメに泣く」
「どう泣くんですか……」
「背が伸びなくなる」
「ちょっ」
焦って「嘘でもやめてください」と言って俺の制服を握ってくる愛宕ににやにやしながら、俺はさっさと二枚の食券を出して席を取りに向かった。
この時間は混んでるが、どこかしら空いてるもんだ。
案の定見つけたてきとうな席に愛宕と並んで座れば、愛宕はまだ不安そうな顔をしている。
「嘘だよ。ワカメ食って得すんのは髪がつやつやにでもなるくらいじゃねえの。俺は脱色とかしたから恩恵逃してるけど」
人工的な茶色の前髪をつんつん引っ張りながら言えば、愛宕はあからさまにほっとした様子を見せた。
「真司先輩は、髪を染めていらっしゃるんですね」
「おう。高校デビュー」
「なにか、変わりました?」
これは俺の言葉次第で愛宕の頭皮の将来が変わるのだろうか……
まさかな、と思いながら俺は事実であるために身も蓋もない話をする。
「俺の髪って元々真っ黒でさ。ちょー重てえの。あと量も多くてな……高校デビューとかに便乗してさっぱりしたかっただけ。染め直しとか割りと手間だし、いいことばっかじゃねえよ」
「そういうものですか」
「俺はな。変える必要ねえもんなら、そのままでいいだろ」
愛宕は若干赤みがかった濃茶の髪だ。重苦しい印象もなく、生徒指導に睨まれることもなく、丁度よさそうで羨ましい。
なんて思っていると、仕事の早い食堂はさっさと俺たちの飯が出来上がったことを知らせてくる。
「よっしゃ、持ってくるわ」
「俺も行きます」
「いんや、席守っといて」
物置いておいても、極稀にどかされることがあるのだ。育ちを疑うね。
ワカメ蕎麦とオムライスを両手に戻ってくると、愛宕は自分の席に座りながら俺が座っていた席に両手をつくという珍妙な体勢になっていた。
「真司先輩おかえりなさい」
「いやいや……なにしてんの?」
「席を守れと言われたので」
もっと他に方法あったんじゃねえかなー……
だが、そもそもこの後輩へのお詫びの場であり、先輩の言葉を忠実に守ってくれた愛宕にそんなことが言えるわけもない。
「ん、ありがとな。よっしゃ、飯食うか」
「はい。ありがとうございます」
俺からオムライスを受け取った愛宕が目を輝かせている。
そんなにオムライスが好きなんかね。
そういう気持ちが視線に乗ってしまったのか、オムライスにスプーンを入れながら、愛宕は照れたように言った。
「オムレツは何度も食べたことがありますが、オムライスを食べるのは初めてなんです」
だから、すごく嬉しい。
そう、はにかみ笑顔を向けてくる愛宕に俺はなんと言っていいか分からない。
愛宕はケチャップ味のオムライスを上品にひと口食べて、目を和らげた。
「美味しい」
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