小説
強敵ほど攻略法が存在する
・非王道
「なあ、お前の名前は? 俺のことは光って呼んでくれよ!」
「嫌です」
「なっ、なんでそういうこと言うんだ! そんなんだから友達ができないんだ! 俺が友達になってやるから少しずつ覚えていこうぜ!」
「お断りします」
癇癪を起こす編入生、光。
のらりくらりと拒否を示す光に絡まれた(としか見えない)一般生徒の柳。
廊下で突如起こったこのやりとりは、光の声の大きさもあって生徒の注目を集めた。
「恥ずかしがらなくたっていいんだぜ! お前だって俺のこと好きだろ!」
「誤認に対する訂正を求めます」
「あ、そうか! お前は照れ屋なんだな! 大丈夫だぜ、俺と友達になればすぐにそんなのなおる!」
「事実無根です」
とうとう地団駄を踏み出す光に、周囲の生徒は思わず噴出しそうになるのを必死に堪えた。
日本語が通じないのか不便なのかは知らないが、立川光という少年は大きな声と素敵な暴論でまともに相手をしてたらどんどん時間を削っていくという特殊能力を備えていた。その能力のあまりの厄介さに、多くの勇者が立ち向かい、迎え撃ち、敗北、戦略的撤退を繰り返してきた。
そこに現れた、というか挑戦された生徒、東柳。
彼は涼しげな表情で、休み時間を廊下から窓の外を眺めるという優雅な方法で過ごしていたが、運悪く光にロックオンされてしまった。
間髪入れずに繰り出される先手必勝「名前を教えろ」攻撃。名前を教えた相手は友達になる。
多くの生徒がその初撃に戸惑い、困惑している内に光のペースに巻き込まれてきたのだが、柳は違った。
視線を一切窓の外から動かすこともなく、光同様間髪いれずにカウンター攻撃「お断り」を繰り出したのだ。
あまりの即答ぶりにさすがの光も驚いたが、幾千の勇者を屠ってきた光がその程度で怯むわけもなく、次々と攻撃を繰り出していく。
妄想に近い誤解や暴論。その攻撃力の高さときたら、単純な傍観者として聞いていると「こいつの妄想癖洒落にならないから鉄格子のついた病院にいれろよ」というレベルである。
それらを淡々といなす柳に、尊敬の目が集まるのも仕方がない。
クソガキの最終奥義「地団駄」という、きちんと躾をする家に生まれていたらその場で尻百叩きコースものの技を発動させた高校生男子光だが、柳は不快さを顔に出しもせず、ただただ窓の外を眺め続ける。
「もー! もー! なんで、なんで、なんでええ! なんでお前は俺のいうことを聞かないんだ!」
牛を真似た鳴き声と共に、荒々しくも力強く地面を踏みしめる光。こういう表現をするとどこかの地方の祭として実際にありそうだが、現実にはただの「地団駄」である。
「ああ、その点だけには共感しますよ。なんで俺は俺の思い通りにならないんですかねえ」
クソ忌々しい。
初めて涼しげな表情を崩し、苛立ちを一杯に込めた舌打ちをした柳は、それでも視線だけはずらさない。
冷静な傍観者たちは、そろそろ柳がなにを熱心に眺めているのか気になりだすが、窓に近づくイコール光に近づく、である。好奇心のために見込みのないボス戦に挑む勇者は居るまい。
そうこうしている内に光は実力行使に出た。
柳の軽く腰に当てられていた手を引っ張ったのである。
小柄な体系の割りに力の強い光に、これまで何人が泣かされてきたことか。保険医が「シップ代を別枠で出してもらえませんかね」と申請するほどである。
ずっと余所見をしていた柳だ。あわや転倒かとさすがの傍観者達もその安穏とした地位を棄てようとするが、それよりも柳の方が早かった。
柳は空いている片手で素早く窓枠を掴んだのだ。
視線は緊急事態であっても窓の外から離れない!
誰もがその反射神経や根性を称賛するが、光とて諦めない。ぐいぐいと柳の腕を引っ張り、なんとか窓辺から引き離そうとする。
窓枠を掴む片手に力を込める柳。引っ張る光。
「おいおいお前ら大きな蕪の小芝居でもやってんのか」という光景を誰もが注目するなか、不意に終わりを告げる合図が響く。
休み時間終了の、チャイムである。
柳はあれほど固定していた視線をあっさりと外し、上半身を倒して自分を引っ張る光の無防備な足を払った。
窓枠をつかんだままの柳、組み体操のような体制の光。
勝敗は一瞬だった。
あっさりと転んだ光は柳の手を離し、ごちん、と廊下に頭をぶつける。
柳はその光景を見届けることもなく、休み時間が終わったのだからさっさと教室へと戻り授業の準備を始める。
授業前にきっちり席につく優等生にしか見えない柳と、授業が始まるにも関わらず廊下で癇癪を起こして泣き喚く光。
授業のためにやってきた教師に怒られたのは、いうまでもなく光であった。
次の休み時間、話を聞きつけた新聞部が柳の元を訪れた。
「厄介な特殊能力を持ったボスを攻略されたそうですが、その秘訣は? そして、窓の外にはいったい何があるのですか?」
新聞部の部長自らが行うインタビューに、柳はやはり涼しい顔で窓の外を眺めながら、以外にも丁寧に答えた。
「なにがあろうとも優先順位を守ることと、引き際を見極めること。
窓の外になにがあるかって?
可愛いかわいい子猫ちゃんですよ」
重度の猫好き、もはや猫信者の柳は悲しいことに猫アレルギーで、猫と触れ合うことはできない。
だから、彼は休み時間になるたびに、丁度猫のたまり場が見える廊下の窓辺に佇み続けたのだ。
しかし、もちろん新聞部の部長はそんな柳の事情を知る由もなく、翌日の構内新聞の記事をこう飾った。
「初のボス攻略を成し遂げた英雄、その揺らがぬ視線の先には最愛の恋人が!?」
後日、この記事を読んだとある不良は赤面することになる。
柳が見つめ続ける猫だまり、それは不良御用達の昼ねスポットでもあり――
「え、もしかして、あいつ……」
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