小説
新春全裸祭り(前)〈複数混合〉
・基本的に全裸
・一部not全裸
・下ネタあり
葉高天狗の長は今日も元気に全裸だった。
新年早々、日の出とともに乾布摩擦をすれば無病息災などとそれっぽいことを言って無理やり大義名分を作って衣服を脱ぎ去ったあと、そのまま全裸で通している。
木の上で寝転がる長の全裸ときたら、流れる筋肉も美しく、躍動的な背筋などその筋のひとが見たら涎をたらすことだろう。
「長、三箇日も過ぎましたしそろそろ服を着ませんか」
若い天狗が全裸の長から目を逸らしながら諫言するが、長はぼりぼりとみっちりと筋肉で引き締まった腹を掻き「あー?」と気のない返事をする。
「服着ましょうよ、ほら、まだ寒いですよ? 長に風邪ひいて欲しくないなー」
「この程度で一々風邪ひいてたら何百年も生きてねえな。俺は服を着ているより着てない時間のほうが長いんだ。俺が自主的に全裸をやめてみろ。それこそ鬼の霍乱だ」
「鬼の一族が攻め入るのも辞さない覚悟で異議申し立てにきそうな例えをするのやめてくれません? もういい加減に服着てくださいよ。いつまでも全裸で許されるほど時代の風は温くないんですよ」
「いや、俺は信じてる。いつか太古の昔を取り戻し、ひとびとが全裸に目覚めるのを!」
「んなわけないでしょうがっ」
駄目だこの全裸、ひとの話を聞きやしねえ。
こんな全裸の所為で、この山に住まう天狗は基本全裸という扱いを麓の村にされているのだ。若い天狗にはそれが堪えられなかった。
だから、何度も何度も春の日も夏の日も椛が落ちようと雪が全てを覆おうと、長に全裸をやめるようにいってきたのだが、長は頑なに「時代が俺に追いついていないだけだ」と主張する。
「ああもうっ、そんなに言うんならお外に行って人間見てらっしゃいっ。全裸でぶらぶら歩いているのは長だけですからね」
「俺は基本的に飛ぶのが好きだから、ぶらぶらしてんのはちんこくらいだな」
「死ねばいいのにッ」
とうとう直情的な感情を口に出した若い天狗にやれやれと肩を竦め、長は木の上で胡坐をかく。
外に出ろとは言われたが三箇日過ぎとはいえ、まだ七草粥も食べていない内から自身の山から出るわけにはいくまい。外の様子を見るだけなら、天狗の目は山の中からでも十分人里を見渡せるのだ。
「おい、老眼鏡持ってきてくれ」
「遠く見るのに老眼鏡はいらないでしょう」
「そりゃそうだ。さーて、俺を理解してくれる心の友は、と……」
長はぐ、と目を凝らし、山の遙か向こうを見渡した。当然の如く、全裸の人間などいない。一月のまだ寒い時期に、風呂場以外で全裸になるような奇特な人間など早々いないのだ。
「どういう、ことだ……」
「ほら、長だけがおかしいんですよ」
「そんな莫迦な話があってたまるかよ! くそが、人間てめえは俺を本気にさせた」
「ちょ、長……?」
がば、と立ち上がり、長はぎり、と歯を軋ませながら随分開発された人里を睨みつける。そして、なにを思ったのかぐ、と握った拳に天狗の神通力を集中させ始めた。
「な、なにをしているんですか? まさか人間に危害をっ?」
「そんなことしねえっ。俺の望みはたった一つ、これは俺から服という枷に囚われた人間へのお年玉だ!
――みんな、全裸になあああああああああああれええええ!!」
突き出された手のひらから眩い光が飛び散り、人里へ拡散した。
何百年、下手をすれば千年の時すら跨いだ大天狗は、新たな年という霊力の高まる時期であることをいいことに、溜め込んだ力を惜しみなく放出させたのだ。
ふう、と少し乱れた息を整え、長は得意気な顔で振り返る。
「どうだ、俺の力すごいだろ」
「この天狗の恥さらしッッ」
若い天狗の一本下駄を履いた足が、容赦のない蹴りとなって長の生装備の股間に叩き込まれた。
遠い山で天狗の絶叫が響いたことなど露知らず、優は委員会室で他校との交流会におけるプログラム調整などに勤しんでいた。
生徒特別管理委員会委員長という、学園における筆頭看板である優は、生徒会よりも厳しく生徒の模範であることを求められる。ゆえに、制服の着こなしも隙一つない。
きっちりとネクタイもボタンも留められて、いっそ窮屈にすら見えるのだが、優はそれをぴったり優雅に着こなしている。着こなして、いたのだが……。
「うん?」
(優、どうしたの?)
パソコンに集中していた優が唐突に顔を上げたので、書類の添削作業をしていた流宇は驚いた。
「いま、外が光ったような気がし……」
パンッ。
あまりにも唐突だった。
風船が弾ける様な音と共に、優の制服が消失した。
真珠の如きシミ一つない肌が窓から差し込む陽光に照らされ、しなやかな肢体に艶かしい陰影を落とす。
これが魅せること前提であるとか、ベッドの上で待機中であったならなんの違和感もなく、むしろ逸し纏わぬ姿は優の美貌をあるがままに披露するだけで問題などなにもなかっただろう。しかし、ここは神聖なる学び舎であり、優はデスクの前で姿勢正しく椅子に腰掛けパソコンに向かい合っていた。
突然、部屋に入ってきた人間が優の有様を見たら、恐らく彼は思うだろう。
「織部優はそういう趣味なんだ」と。
優は暫し自身の身に起こった不思議な出来事について考えたが、やがて、ゆるゆると首を振る。
「……まあ、こんな日もあ……」
パンッ。
(……優、服消えちゃった)
「そうだねえ、消えちゃったねえ……」
しょんぼりと途方に暮れたような顔で見てくる流宇に、下半身が充血するのを感じながら優はおっとりと頬に手をあてる。だが、そのまま放置するわけにもいくまい。
優は下着すら残さず消失した衣服に困った顔で笑い、躊躇なくデスクから立ち上がってドアに向かった。
「ここが寮だったら流宇と愉しいことができたんだけど、流宇は露出があまり好きじゃないから仕様がないね。生憎と委員会室にジェルだのローションだの常備するほど落ちぶれた優等生はやっていないからねえ……やっぱり慣らさず突っ込める準備くらい、朝方に済ませておくべきなのかな。流宇はどう思う?」
(優に挿れるの好き)
「わたしも流宇にされるのは大好きだよ。でも、今日のところは仕方ないから我慢しようか」
かちり、と内側から鍵をかけて、優は流宇に「知鈴に制服一式持ってくるように連絡しておくれ」と言って何事もなかったかのように仕事に戻った。
「ふむ、裸で座ると冷えるね。流宇、ひざ掛けをしっかりしなさい」
(分かった)
謎の指示を飛ばされた知鈴が怪訝な顔で訪れた委員会室で、やはり唐突に服が消失するまで十五分。優と流宇は何事もなかったかのように通常運転だった。
某学園の一室で三人の青少年が全裸になったことなど露知らず、三鷹愁は生徒会室に向かっていた。
顧問の一人が風邪をひいたらしく、普段は無視している雑用が愁にも回ってきているのだ。
暖房の効いた学園の空気をうっとうしく思ったのか、ばっさばっさと書類を団扇代わりにしながらノックもせず生徒会室のドアを開けば、そこにいたのは甥である生徒会長の雪兎のみだった。
「あ、愁」
「クソガキ、他のどうし……」
パンッ。
愁のスーツがネクタイを残して消失した。
四十路前とはとても思えない、程よい筋肉できっちり締まった身体とそれなりに使い込まれた局部が甥っ子の前に晒される。
「……」
「……あ?」
何が起こったのか理解できず、愁は思わず自身を見下ろし、雪兎に問いかけるような視線を送る。しかし、雪兎の顔は完全に固まっている。
「おい、クソガキ……」
「……愁、露出趣味を人前で晒すのは、まずい」
「っざけんな、んな趣味あるかこんガキャァっ」
思わず雪兎に掴みかかり、自分と違ってしっかりシャツの上から締められたネクタイを引っつかめば、苦しかったのか、雪兎は顔を歪めて愁の肩を押す。
「愁、やめっ」
パンッ。
雪兎の制服が靴下を残して消失した。
がちゃ。
どこかへ行っていた役員達が帰ってきた。
生徒会室の状況は、ネクタイのみの教師が靴下のみの生徒に掴みかかって、お互い険しい顔をしているというスキャンダラスな有様だ。
「……ご、合意ですか?」
「センセー、俺、強姦はよくないって……」
パンッ。
副会長の制服が眼鏡を残して消失した。
会計の制服がベルトを残して消失した。
「……」
「……」
「……」
「……」
五分ほど無言且つ無表情で理不尽や不可解、生き難い世の中をどう渡っていくか、荒波をどう乗りこなしていくかを熟考した彼らは、とりあえず生徒会室のドアを閉めて風紀委員長になにも言わず服を四人分調達してきてくれとメールを送った。その後、某学園の風紀委員長と同じ末路になったことは言うまでもない。
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